無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

構え

 無双神伝英信流の「太刀打」の稽古では刀が鞘に納まった状態、刀を肩にとった状態、刀を頭上にとった状態、刀を下げた状態など、様々な構えから、一つ一つの形が始まりますが、昨日の稽古で、初心者の方にお話したことについて再確認したいと思います。
 無双神伝英信流の形の全ては対敵動作であり、形を見事に美しく行うという考えはありません。たとえ、動きが洗練されて無理無駄がなくなり、その動きが美しく力強く見えたとしても、それは結果であって、美しく力強い動きを求めているわけではありません。
 居合の稽古は渋川一流柔術の形稽古と同じく無構えで始まるために、無理無駄のない姿勢から動き始めるのは比較的容易であろうかと思います。そのような動きができる方でも、刀を鞘からはずし肩に構え、頭上に構えてしまうと、「その位置から・・・」という心の力みが外に現れ、隙となっている場合があります。
 鞘から離れた刀がどこに位置しようとも、それは動きの中の1局面であり、どのようにでも変化する動きを内包しています。したがって「構え」はあっても「構え」に居着くことはなく、形は手順どおりに遣っても、形に居着くこともなく、その動きは生きた働きをなさなければなりません。
 「構え」という言葉に心を居着かせることなく、自由に動けるための稽古を続けてください。 
  1. 2007/02/01(木) 18:23:54|
  2. 居合 業

物真似

 無双神伝英信流の師 梅本三男貫正先生は「物真似」を嫌われました。随分昔、ある日先生はこのように私に話されました。

 「テレビで歌手の物真似の番組があるが、いくら上手に真似て歌っても、それは歌がうまいのではない。物真似がうまいのはその歌手の癖をとっているだけであり、本質的に歌が上手であるのと、真似が上手であるのとでは根本的に異なっている。
 居合も同じで、私の表面上の「かたち」の真似ができるようになり、上手になったと思っている者がいるが、考え違いもはなはだしい。「かたち」が似たところで、それは本質的に上手になったのではない。中には私の演武の映像を撮ってそれにあわせて稽古し表面上の動きを似せようとしている者もいるが、猿真似に過ぎない。大切なのは動きの本質が同じになることであり、表に現れる「かたち」にとらわれてはならない。動きの本質が同じであれば、表に現れる見掛けの動きは個々に応じて異なっていても、それは自然なことなのである。」 

 貫汪館で稽古される方に指導する場合に「腰が高い」「切先が高い」と手短に言う場合がありますが、初心者の方に注意していただきたいのは、その指導を受けたときに何故腰が高くなっているのか、何故切先が高くなってしまっているのかという事を考えることなく、また、解決することなく、たんに腰を低くしたり、切先をおろしてみても、それは上達しているのではなく、形を似せたに過ぎないと言うことです。
 大事なのは動きの本質を稽古すること。時間が掛かり、工夫を要することですが、焦らず、確実に積み重ねてください。

  1. 2007/02/05(月) 18:57:05|
  2. 居合 総論

年少者の指導 2

 先週の土曜日に子供達の指導をしていて気付いたのですが、子供達は一度できるようになった動きでも、成長とともに体が大きくなり筋力がつくにつれ、また小学校での教育によって、極端にできなくなってしまうことがあります。
 小学校での教育によると思われる事は、いつもお話しているように学校教育における良い姿勢と、貫汪館で稽古している渋川一流や無双神伝英信流における姿勢とでは違いがあることにより生じます。学校教育での良い姿勢は明治維新後の欧米に追いつこうとする教育の中で、学校教育に国民皆兵のための基礎として体育の授業が取り入れられたことに始まります。したがって兵に整斉と統一された動作をさせるために体を緊張させることによって姿勢を作らせようとします。そのほうが統一した行動をとらせやすいからです。渋川一流や無双神伝英信流は武術ですので、どこにも緊張はなく固まりのない姿勢でなければ、体の各部に居着が生じて、そこが隙になってしまいます。学校教育の中で、良い姿勢を求めるまじめな先生に教育を受ければ受けるだけ、また、まじめな子であればあるだけ武術にとっての姿勢とはかけ離れたものが出来上がってしまうのです。指導者は子供達に二つの姿勢の使い分けをしっかりと理解させねばならないと思います。
 私自身は、航空自衛隊幹部自衛官として中央観閲式で徒歩部隊の幕僚として拳銃を帯して首相の前を行進したことがありますが、その当時は制服を着ていない時に普通に立っていても膝がぴんと伸びきる癖がついており、退職後、これを直すのに随分苦労した経験があります。子供達にとって使い分けは難しいことかもしれませんが、理解させておかなければなりません。
 次に、成長とともに筋力がついてしまうと、子供達にはどうしても腕力に頼ろうとする傾向が生じてきます。ある意味自然なことかもしれませんが、腕力に頼ったときに今までの業はできなくなってしまうのだということを理解させなくてはなりません。少しでも、腕力に頼る傾向が出てきたなら、今までできていた腕力に頼らない方法と、腕力に頼る方法と二つの方法で同じ形の稽古をさせて、よくよく体で理解させていく指導をしなければならないと考えます。 
 
  1. 2007/02/13(火) 19:59:02|
  2. 柔術 総論

素直さ

 土曜日の渋川一流柔術の稽古で、「負投」ができなかった小学生がやっとできるようになりました。
 その男の子は指導されたことを、馬鹿正直といってよいほどに我意を交えることなく素直に行おうとするので、外見だけその技ができるように見せようとはしません。また、教えられる通りにできなければ、自己満足もしません。したがって、常によりよい動きを求めて稽古をしています。
 「負投」も体のばねを用いて相手の体を跳ね上げるようにしてしまえば、初心者でも相手を投げることはできます。しかし、それでは業と呼べるレベルには程遠いものですので、腕力を使わず、腰で相手を跳ね上げることもない「負投」を追求します。男の子は何度やっても相手の体を浮かすことができない日々が続きましたが、私が受をとっているときに、受を足裏から浮かせるような「負投」をすることができました。
 渋川一流でも無双神伝英信流でも上達の秘訣はこの男の子の素直な稽古方法にあります。できない動きを、少しでも早くできるようになったと感じたくて、筋力を使い、体を緊張させて同じような動きに見せかけていては真の上達はありません。できない動きはできていないとしっかりと認識して、できるようになるために時間がかかってもいいから工夫し稽古する。ある程度できるようになっても、これでよいとは慢心せずにより良いものを求めて稽古する。そのような稽古を積み重ねていかなければ、真の上達はなく、似てはいても、本質が全く異なったものとなってしまいます。

ホームページに無双神伝英信流の講習会の案内を載せました。
  1. 2007/02/19(月) 18:41:52|
  2. 柔術 総論

「初心者指導上の留意点」

 澁川一流柔術で、初心者や子供の指導に当たって頂いている方の初心者指導法についての論文です。同じように指導に当たって頂いている方だけでなく、習っている方や無双神伝英信流の稽古をされている方の参考になりますので、よく読んでください。


  「初心者指導上の留意点」
                                
 初心者の方を指導するうえで忘れてはいけないことは、無理・無駄のない柔らかい動きを心がけるように指導することだと考えます。初心者の方は最初に『型』を学ぶ時、今までに身に付けた日常の動きのまま力に頼った動きをして、『型』を固まったものとして稽古をしてしまうからです。それを、まずは不安に感じるかもしれませんが、柔らかい動きを心がけ、力に頼らない動きの質の変化が必要だと考えるからです。また、『型』を覚えることに気を使うあまりに、手の位置、足の位置、あるいは腰の使い方はどうと形やその方法にこだわってしまい、動きがぎこちなくなり、動きの本質を見失ってしまうことになると考えるからです。あまり形にこだわらず、頭で考えずにおおきくゆったりとした気持ちで、あせらずに動くことが大切だと考えます。そのためにも、まずは全身を柔らかく使えるようになることがよいと考えます。また、柔らかく動けるようになれば、感覚も鋭くなり、自分の中心が見えてくるようになると考えます。柔らかくなり中心が感じられるようになれば、初めは心もとなく頼りなかった動きが、しだいに、しっかりとしたものになり、手だけ足だけの力に頼っていた動きから、無理・無駄のない自然な柔らかい動きを身に付けることができると考えます。
 また、自由な動きを身に付けるためにも柔らかな稽古を心がけることは大事なことだと考えます。相手のある『型』を稽古する場合、いつも相手の変化に対応できる動き、あらゆる方向に対応できる動きがその中になければならないと考えます。『型』を硬いまま稽古し、手順のみを覚える稽古では使えない無用なものになると考えます。『型』を稽古し、動きを生き生きとしたものとするためにも、稽古の初めから柔らかい動きを心がけて稽古していただくことが大切だと考えます。
 以上のような理由で、無理・無駄のない自由な動きになるためにも、初心者の方には柔らかい動き、稽古を心がけていただきたいと考えます。そして、『型』を覚えよう、みごとにしようと思うあまりに、力んで硬くなりがちな動きを、柔らかくなるように指導することがまずは大事なことと考えます。


ホームページに無双神伝英信流の講習会の案内を載せています。ご確認ください。
  1. 2007/02/24(土) 10:18:19|
  2. 柔術 総論

『間合』について

 前回に続き、澁川一流柔術で、初心者や子供の指導に当たって頂いている別の方の『間合』ついての論文です。しっかりと間合いについて考察してありますので、渋川一流柔術の稽古をされている方だけでなく、無双神伝英信流の稽古をされている方もよく読んでください。


『間合』について

 武道における『間合』とは、相手が一歩踏み出さなければこちらに届かぬ距離を保つことである。この距離を保ち、相手の心の動きをとらえることが出来たならば相手の動きに容易に対処することが出来、また争いを避けることも可能となると考える。
私たちが学ぶ古流の武道は武士たちが刀をさして歩いていた時代に成立したもので、すれ違う時、鞘と鞘が触れたことで争いが起きる様な時代であった。このような状況において相手と適切な『間』を取るということは死活問題であった。現代に生きる私たちにとってこのような生死を分ける『間』というものは想像しにくいところであるが、これを普段の生活での人との関り方ととらえると共通するところとなる。目上の人、職場の同僚、家族、友人、年下の人と接するとき、礼儀を欠いた『間』の取れていない状況においては、しばしば諍いがおこるものである。「親しき仲にも礼儀あり」という言葉にもあるように、たとえ仲の良い関係であっても土足で相手の心に踏み込むようなことを繰り返していてはいつしか良い関係を保てなくなるものである。相手の気持ちに配慮し、状況をよみ、行動して初めて人間関係という『間』を築くことが出来る。礼儀を身につけるということは、人との『間合』を身につけることとなると考える。
18世紀、人口140万人の世界最大の都市であった江戸の町では「往来しぐさ」という往来でのマナーがあった。狭い往来をすれ違う時など、会釈をし「肩引き」をして相手とぶつからないようにする。雨のしずくがかからないように「傘かしげ」をする。などの人口過密の中で当然起きてしまうであろう人との争いを避けるための生活の知恵があった。
しかしながら、礼儀作法にこだわり相手への思いやりを欠き形だけの行動となったとき、「自分は避けたのに、相手はそうしなかった」などの思いが芽生えれば新たな争いを招く可能性を含んでいる。人との争いを避けるためには、相手がどのような行動に出ても臨機応変な対応がとれる『柔らかい心』が必要となる。
武道においても、相手が素手の時はこの距離、相手が刀を手にしている時はこの距離と決めてかかったのでは手に握られた砂、宙を舞って来る刀に対応することは不可能である。相手の仕掛けを無意識の間に決めてかかったのでは、適切な『間合』をとることは難しい。
 私たちが学ぶ柔術の形には、相手(受)の仕掛けがあらかじめ約束された状態で稽古を行うが、このことで相手の仕掛けに合わせて動いてしまうという行動のパターンとなってしまうことがよくある。相手に合わせて相手が出てきたところで動く動きでは、十分に距離を置かれた状態での形では間に合うが、より密着された間や、得物を持って打ち込まれるような早い間でのより緻密な身体の使い方を要求される形においては相手に動きに間に合わない『生きていない形』となる。相手の仕掛けを起こそうという心の動きを読み、その動きを抑えることではじめてどの様な間においても同じ動きで対処できる『生きた形』とすることが出来ると考える。


ホームページに無双神伝英信流の講習会の案内を載せています。ご確認ください。
  1. 2007/02/27(火) 22:13:44|
  2. 柔術 総論

無双神伝英信流の稽古の手掛り

 無双神伝英信流の稽古をされている初心者の方も、随分と本質が理解できるようになられています。ここで、稽古中にお話していることではありますが、稽古の手掛りについて少しお話します。順不同で、現段階で、再確認していただきたい事のみを述べます。

 「掌」

 両足並行に自然に立ち、両腕を自然に(貫汪館で説明している自然に)前方肩の高さに上げ、掌を地に向け、また天に向けて、それぞれの時の自分の肘・肩・脇・腰・肚・臀部・股関節・膝・足首・足心の状態を感じてください。どちらの状態が無双神伝英信流の形稽古の時の体の遣いかたであるかは、ご説明しているとおりです。
 静かに立って、このようにした時に感じた体の状態で動けているかどうか、を形稽古の最中に確認してみて下さい。

 「呼吸」

 呼吸法については稽古のときに説明していますが、動きが呼吸に先導していることが時折見受けられます。呼吸が動きを導いているかどうかを再度、確認してください。

 「鞘、下緒」

 刀の切先までが自分の体の一部であることは理解されていると思います。鞘の小尻の先まで、下緒の最下端までを感じて自分の体の一部としてしてください。
 袴の重さを感じられるか。筒袖の稽古着でなく袂のある着物であれば、袂の先までを自分の体の一部と感じられるか。


 以上、小さなことですが、初心者の方の稽古を見て、最近少し気になった事ですので、忘れぬうちに書き留めてみました。


ホームページに無双神伝英信流の講習会の案内を載せています。ご確認ください。
  1. 2007/02/28(水) 07:23:11|
  2. 居合 業

FC2カウンター


無料カウンター

プロフィール

貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)

Author:貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)
無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術 貫汪館の道標へようこそ!

カテゴリー

ブログ内検索

リンク

このブログをリンクに追加する

最近の記事

月別アーカイブ