無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

道標

 ホームページに「道標」として新しいページを加えました。貫汪館で稽古されている皆さんに、無雙神傳英信流抜刀兵法 澁川一流柔術 を稽古する上での心構えや、業の留意点、流派の歴史について記していきます。
 不定期に記入していきますが、読み落としのないようにお願い致します。
  1. 2006/10/09(月) 23:47:51|
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完全相伝と不完全相伝

貫汪館

 武術 (古武道)において近年とくに家元、宗家という言葉が用いられるようになってきましたが、貫汪館ではそのような言葉は一切排除しています。間違った歴史認識が武術(古武道)でも一般的になってきていますので、長くなりますが、この理由を説明してまいります。
 歴史的に見て、古武道の世界に家元、宗家という言葉を用いて自分のみがその流派の唯一絶対者であると言うような風潮が現れたのは主に戦後のことで、それ以前はごく一部を除いて、武術(古武道)を芸能の世界に比するようなことはほとんど行われませんでした。
日本の芸道の伝授方式について論述された不朽の名著に西山松之助先生の『家元の研究』があります。
 このなかで、西山先生は師が弟子に秘儀・秘伝を皆伝するのみならず、弟子自らがその弟子に秘儀・秘伝を相伝する権利を相伝する権利までを与える場合、これを完全相伝という。それに対して家元が最終相伝権を独占し、弟子には一代相伝あるいはそれ以下の限定的な相伝しか許さず、弟子は末端弟子の実技指導について家元を代行する中間教授機関、つまり名取りとなり名取りを家元の家父長的権力の拡大再生産機構として用いる場合を不完全相伝と分類されています。
 そして前者の場合には家元制度は存在せず、後者の場合に家元制度が存在するのであるとされています。
 武術の場合にはどうなのでしょうか。結論から言えば武術の場合には家元制度は存在しませんでした。西山先生はこのように述べられています。
「武術流派は、これまでにもしばしば述べたように、完全相伝形式によらねばならない本来的性格をもっていた。わざの絶対的優位が、そのわざを伝承する最有力条件であったから「血のみち」は教学理論の伝統に優先するとうそぶいて、法主の座に君臨しておられるような、そういう世界ではなかった。事実、武術にあっては、全ての流派において、その秘術を皆伝するに当って、あらゆる一切の権威をも相伝したのであった。このため被伝授者は、伝授を与えられた瞬間において、みずからその権威の当体あるいは象徴となり変わるのである。世襲的な権威の家では、権威は永久にその家において連続しているのであるが、武術諸流では家において連続しない。非連続の連続という形式をとるわけである。そのことは、武術諸流派における秘技相伝書を二つ三つ比較してみれば一目瞭然である。・・・中略・・・つまり上泉伊勢守には多数の優秀な剣士がその門下に集まっていて、多くの人々が免許皆伝の印可を与えられたが、この印可を与えられた人々は、同時にみずから他の人々に向かって免許皆伝の印可を与える特権をも与えられたわけである。したがってこの門下から輩出した多数の高弟はみずからまた多くの免許皆伝の印可を発行した。そのため数代後の末端における兵法の相伝者たる権威の象徴は、きわめて多数に及び、それぞれ流系の正統譜は歴然としていて、上泉に発したものであっても、それはいずれも各個独立した兵法者として独歩したのであった。」
 つまり武術においては芸道のようにこの流派の唯一絶対の正統の家元は誰々であるという事は、ありえなかったわけです。
 西山先生は世襲の小笠原流について、このように述べられています。
「本来勝負を主眼とする武技の世界にあっては、何流であれ、負けることは同時に生命をたたれるのであるから、負けたのではその権威を保持し得ないのは自明のことである。小笠原家の代々が、いかにすぐれた武人たちの連続であったにしても、弓馬の法において、その勝負によって家の権威が問われたとしたならば、この家が代々世襲的にゆるぎない王座に君臨することはありえなかったであろう。・・・中略・・・別言すれば勝ち負けが、同時に生命に関係することもなく、また家の権威にも直接的には関わることもない。そのような性格の弓や馬のわざ、つまりそれは、貴族文化としての騎射の芸能が早く室町初期に成立したからだといえよう。このような性格、すなわち遊芸としての弓馬の法に関する権威の家として、小笠原家はその家元となり、代々これを世襲することとなったのであった。」
 貫汪館で皆さんが稽古されている無双神伝英信流も渋川一流も流祖代々、遊芸ではありませんし、家元制度、宗家制度は存在しませでした。今後も貫汪館において遊芸化させ、家元制度・宗家制度と言ったものを新たに作り出すつもりもありません。
 現代は武術を持って人と勝負する時代ではありませんが、貫汪館にあっては見栄えをもとめず、花を作らず、権威をこしらえることなく、真摯に武術を追及していきたいと思っています。
 西山松之助先生の『家元の研究』は西山松之助著作集第1巻(s.57.6.28/吉川弘文館)に収められています。大きな図書館で閲覧できますので、ご一読ください。
  1. 2006/10/13(金) 00:40:47|
  2. 武道史

完全相伝と不完全相伝 補遺

 先日の記述で武術(古武道)には家元制度は存在しえなかったと記述しましたが、これについて補足します。
 武術(古武道)には家元=宗家制度をとらなくとも、流祖以来代々、その家で、その流派を継承した宗家も存在し、また存在しました。
 それは竹内流の竹内家、柳生新陰流の柳生家、示現流の東郷家などで、流祖以来代々その家で、それぞれの流派が守り伝えられています。ただし、これらの流派であっても、それが優秀な流派であっただけに、その家から免許を得た者が、各地にひろがって、その流派をその者の責任と権限において教授し、発展していると言うことを歴史に見ることができます。また、直心影流薙刀術のように、園部秀雄先生によって創意工夫が加えられそれ以降、園部家によって伝えられているといった流派もあります。
 無雙神傳英信流においては特定の家が代々教授していることはありませんし、植田平太郎先生はその経歴に「細川義昌先生に就き皆傳を受く」としか書かれておりません。また同じく細川義昌先生の門人であった夢想神伝流の中山博道先生も「細川義昌より大森流並びに長谷川英信流の免許を受く」としか書かれていません。(『皇太子殿下御誕生奉祝 昭和展覧試合』・昭和9年11月25日発行・大日本雄弁会講談社発行)。私の師の梅本三男貫正先生も、私も宗家を名乗ったことも無く、また、澁川一流柔術においても私の師である畝重實嗣昭先生も、その師車地國松正嗣先生も、またその師宮田友吉國嗣先生も宗家を名乗られたことは無く、私もまたしかりです。
 昨日は無雙神傳英信流の太刀打の講習会を実施いたしましたが、流派の歴史はそれを受け継いだ歴代の師範の責任によって受け継がれてきたものだと言うことを思い、講習を受けた皆さん全員がそれぞれの自覚をもって今後の修行を続けていただきたいと考えます。

  1. 2006/10/15(日) 10:52:05|
  2. 武道史

太刀打

 10月14日(土)、多くの方にご参加頂き、無雙神傳英信流抜刀兵法 「太刀打」講習会を実施いたしました。
 貫汪館で主に澁川一流柔術を稽古されている方には、柔術が江戸時代に成立したものであるがゆえに、技術的な目標が最終的に、刀を手にした人間を素手で制するレベルにまで到達することにあるとお話していますが、対人関係の中で刀を扱うことによって、それが如何に至難の業であるかということが理解されたと思います。無駄な力を一切排除して、自由に迅速に斬掛る敵を制するためには自分がそれ以上の無理無駄なく自由に使える体をもたなければなりません。
 無雙神傳英信流抜刀兵法を稽古されていて、「太刀打」の形を経験されたことがなかった方は業としての居合の至難さに思い至ってください。既に刀を抜いた状態にある敵が、自由に自分に斬りかかって来る。その敵に刀が鞘に納まった状態から対応しなければならない。如何に無理無駄を廃し、何物にもとらわれない融通無碍の自由な状態になければならないか。
 「敵が斬りかかるので、敵を気で制し、それから抜きつける。」などと言う空論はそこには成立しません。
 我が師 梅本三男貫正先生は、かって多くの弟子の演武を見ながら私にこう話されました。「森本君、みんな想定がわかっていない。居合は据物斬ではないのに、皆、敵が待ってくれると思い、動かない敵を斬りに行っている。敵を想定するのに敵の手や足や体を思い浮かべる必要はない。大切なのは、敵が今まさに自分に斬りかかっているという想定だ。」
 よくよく工夫されてください。
  1. 2006/10/16(月) 02:16:45|
  2. 居合 業

履形・・・初心者のために

 澁川一流柔術で始めに修める形に「履形」があります。新たに稽古を始められた方は、この「履形」をしっかり時間を掛けて稽古していただいた後に「吉掛」「込入」といった形に進んで頂いています。
 『履』には「ふみ行う、実行する」という意味があり、「履形」とは澁川一流において,始めに稽古すべき身につけるべき形ということになります。ではこの形で何を身に付けていただかなければならないのでしょうか。
 澁川一流は帯刀していた江戸時代の柔術であって、素手と素手の争いの中で優劣を決める格闘技と異なり、最終的には素手で刀に対応できる体を養うことが目標にあるとお話していますが、そのためにもっとも大切なことは相手(受)の心の起こりを読むことです。
 「履形」では受の中段または下段への仕掛けに対して、捕は前方に出てその手を制することになっていますが、これを相手の動きを見て後、制するために動くと思っていては相手を制することもできず稽古にはなりません。受の心の起こりを読んで、受の手が動き始めるのを制することが肝要です。
 相手が刃物を手にした場合、間合いは相手のほうが広く取れます、それを抑えるためには前方に出て相手の起こりを制することができなければなりません。相手の攻撃を見て後ろに下がりこれをかわすことはできますが、それでは永遠に攻撃を受け続けるだけになってしまいます。
 受が懐剣をもつ「打込」、帯刀した状態から抜きつけてくる「鯉口」、刀を斬り下してくる「居合」。全て捕は前方に出てこれを制します。 後の稽古につづけるために初心者の方は「履形」で受の心を読む稽古を十分に積んでください。
 また受となる上級者の方は動きに起こりを見せないことが大切です。初心者の稽古ためにも、自分の稽古のためにも。
  1. 2006/10/19(木) 18:34:28|
  2. 柔術 総論

正座

 無双神伝英信流抜刀兵法にも渋川一流柔術にも共通して言えることに正座の姿勢の大切さがあります。
 座姿勢は本質的に座ることそのものが地球の引力に抗していない状態であるので、下肢に無理が働かない、非常に安定した状態に入りやすく、体の中心と引力の線が一致した場合には全ての方向に自由に動ける状態にもあります。
 立姿勢で体の中心と引力線が一致し、下肢に力みがない状態が再現できれば、無理のない自由な動きをなすことができます。
 ただし、正座をするときに留意しておかなければならないのは、いつもお話をしているように、現代の良い姿勢が、即、武術にとっての良い姿勢にはならないということです。現代人の感覚の良い姿勢(胸をはって背筋を伸ばし両肩甲骨をひきよせ、体を力みによって統一させ・・・)は明治以降富国強兵政策の中で、国民皆兵のために導入された体育の授業の中で形作られたものです。したがって、現代において武術の経験のない人や経験の浅い人が正座の姿勢を見た場合、現代的な感覚の良い姿勢で正座しているのを見事だと感じる事が多いいのが現実です。
 胸を張ることなく、両肩甲骨をつけることもなく背筋をピンと伸ばすこともなく、体を力みによって統一させることのない、あくまでそこにあるだけの姿勢、そのような極自然の姿勢から業は出てきます。この正座の状態を基として立姿勢を工夫することが、居合、柔術ともに上達への近道となります。
 日常生活から工夫されてください。 
  1. 2006/10/24(火) 01:00:58|
  2. 居合 総論

留めねど留る事そふしぎや

 無双神伝英信流の居合の稽古では他の剣術、柔術、棒術、槍術などにくらべて一人稽古の形が多いのは何故でしょうか。それは自分の刀は鞘の中に納まっていながら敵は既に刀を抜いて自分に斬り込んできているという非常に不利な状況の中で、これに対するため極限まで心と体の無理無駄を排する必要があるからです。そのため一人稽古によって、まず自分自身に向き合い、自分自身の動きの質そのものをを高めなければならないのです。
 そのような意味合いの一人稽古でありながら、稽古の方法を間違えると、かえって居合は武術から遠ざかり、逆に全く敵に対処できない体を作り上げてしまうことになります。
 一人での形稽古の際、もっとも気を付けなければならないのは、抜きつけた実感、斬りおろした実感、血振いした実感等々を決して求めてはならないということです。実感は多くの場合筋肉の緊張であり、筋肉が緊張するとき、それは居着きとなって動けない体が瞬時に出来上がり、それ以降の動きとは関係が途絶えてしまいます。つまり、実感を持てば持つほどにその動きは武術的動きとはかけ離れてしまうのです。いわゆる「きめ」という言葉に惑わされて、動きの結節点で筋肉を緊張させて体を固めていれば、それは全て隙となってしまいます。
  『居合歌之巻』の和歌に「身の曲尺の位を深く習ふべし留めねど留る事そふしぎや」とありますが、抜き付け、斬撃、血振い等々、全ての動作の最後に刀、体が静止するのは決して刀を体の緊張によって止めているわけではなく、体の使いようによって不可思議に思われるほどに自然に止まっているのです。したがって、手の内、前腕、上腕、肩、後背筋いずれにも止めた実感、振った実感というものがあろうはずもありません。またこれは、体の可動領域を全て使ったから止まっているというものでもありません。
 渋川一流柔術の稽古であれば、相手を抑えても、投げても、極めても、決して力んではならないということを稽古の絶対条件にしているため、たとえ、受が受身をとる状態となったとしても、自分の動きが雑であったことが対人関係の中でわかり、また、雑な力を入れないほうが、業はきまるということをも体験されていると思います。
 また、無双神伝英信流であっても太刀打の稽古で、筋肉の緊張がいかに動きを制限してしまい、間に合わない動きとしてしまうかということも理解されていると思います。
 一人での形稽古は、本来自分の動きの質を高めるためのものであるのに、実感を求めてしまい、より雑な見栄えだけを求める、また自己満足を求める道へと陥りやすいものです。よくよく心して稽古してください。
  1. 2006/10/26(木) 07:00:00|
  2. 居合 総論

「受」

 渋川一流柔術では形稽古の際、技を掛ける方を「捕」といい、業を受ける方を「受」といいます。「受」は形の種類によって、中段を突いていったり、胸襟をとったり、懐剣で打ち込んだりと様々な方法で「捕」に仕掛けていきます。
 「受」は仕掛けた後「捕」の業を受けるますが、「受」のなすべき事は始めの仕掛けと受身のみと考えていては形を通じて動ける体を作ることにはつながっていきません。例えば「履形」では「受」は「捕」の中段を突いていきますが、これで終わりではありません。「受」は投げられながら、抑えられながら、受身をとりながら常にどちらへでも変化できる体の動きを内包していなければならないのです。
 稽古が進めば投げられながらその力を利用して相手を投げたり、受身をとりつつ相手に当てを入れたり、関節を極められる前にかわしつつ業を掛けたりする二段裏、三段裏の稽古に入ります。「受」の稽古を疎かにせず、よくよく工夫されてください。
  1. 2006/10/31(火) 07:00:00|
  2. 柔術 業

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貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)

Author:貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)
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