無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

大石神影流

 先日、武道史の調査に高知件四万十市に行った際、樋口真吉の稽古刀を見ました。概算ですが柄長40cm、刀身76cm先の欠けた部分が15cmあったといいますので刀身は91cm位あったことになります。現存する佩刀の刀身は93cmで言い伝えでは佩刀と同じ長さに作らせたといいますから、刀身は93cmあったのかもしれません。
 樋口真吉は初代大石進の門人で免許皆伝を得て中村で門人を指導しました。
大石神影流では刀の長さは二尺八寸二分となっており、たまたま私の刀と同じ長さですが、樋口真吉はそれよりも長い刀を用いていたことになります。もっとも初代大石進の刀のうちの一振りは三尺三寸の同田貫であったといいますから、必ずしも刀の長さは強制されたものではなかったのだろうと思います。
 面白いのは樋口真吉の練習刀も写真で見る佩刀もその形状が突技に特化したものであることです。反りは少なく身幅も細く、斬ることにはあまり適していないように見えました。
 大石神影流では形は正式には刃引きを用いることもあるとされていますので、練習刀は刃引きの刀であったのかもしれませんが、竹刀の長さに換算しても四尺四寸はくらいはあります。大石神影流はただ長い竹刀を用いて試合にのみ有利な流派であったように思われる向きもありますが、実際にも長い刀を使用できる技を兼ね備えた流派であったのだと思います。

砂斬り刀

四万十市立郷土資料館蔵

 9月30日(日)に行う無双神伝英信流 居合道講習会の案内を貫汪館ホームページの無双神伝英信流の稽古のページに載せましたのでご確認ください。一般の方にも公開して行う講習会ですので柔術の初心者の方も御参加ください。
  1. 2007/08/13(月) 13:02:24|
  2. 剣術 総論

長袴

 大牟田の大石先生がおじい様からお聞きになった話です。大石先生のおじい様は初代大石進の孫にあたられます。
 「試合の際に長袴をはいて足を隠していた武士が実際に居た。」
私も何かの本で読んだことがありますが、中学生の頃で、剣道といえば現代剣道しか知らず、そんなことをしたら足を引っ掛けて転んでしまうだろうと思っていました。剣道といえば飛び込んで打つものですから。
 しかし、大石先生のおじい様のお若い頃はまだ飛び込まない足捌きで試合がなされていたのかもしれません。江戸時代の記録では多くの剱術流派が撞木足で、前後の足巾も長く取る(現代剣道より)流派もありますから。間合を隠すためにこのようなことも実際に行われ有効だったのかもしれません。


 無双神伝英信流抜刀兵法の次回の講習会は5月31日(日)英信流の予定です。多くの方のご参加、お待ちいたしております。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)です。

 福岡県久留米市での無双神伝英信流抜刀兵法の稽古は毎週水曜が荘島体育館剣道場での稽古となります。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。時間は午後七時くらいからになります。
  1. 2009/04/24(金) 21:41:38|
  2. 剣術 総論

剱術観

 友人に頂いた『茨城の武芸 剣の巻』という書物は茨城県の武術史を知る上で非常に貴重な本です。これだけのものをまとめられた先生方の苦労は並大抵のことではなかったと思いますが、「はしがき」に記された剱術観はあまりにも残念で、これだけの歴史をまとめられた方の言とも思えませんでした。
 親が子供に剣道をさせるのは我が子の身体強健を願い、精神的にも情緒的にも根性、忍耐、礼儀などを習得させたいと願ってのことと思う、しかし高校、大学になると目的もまた大きく変わってくると述べられた後で、「・・・ある大学剣道部の意識調査によると、筆頭が剣道技術の習得、つまり強くなりたいと稽古に励んでいるのが61パーセントを占め、次いで精神力、体力の強化などがあげられているが、武士道、或いは剣人のもつ武道観、人生観などの探求を目的としているのは、僅かに2.4パーセントに過ぎない。試合に勝つだけの剣道、負けないための剣道は、剣道でなく剱術である。・・・」

 どうしてこのような偏見が剣道の高段者にあるのか不思議です。現代剣道は剱術よりも上にあり、剱術はただ試合に勝つために行われたと。
 現代剣道の方が心法の指導によく引用されるのは江戸時代の剱術関係の伝書ですし、江戸時代の剱術には全日本剣道選手権はもちろん、小学生・中学生・高校生などの若年者の剣道の一番を決める大会などは当然ありません。勝にこだわらせて、剣道人口を増やしているのは現代剣道の指導者なのです。
現代剣道の高段者に「試合に勝つだけの剣道、負けないための剣道は、剣道でなく剱術である」という認識がありながら高校生以下の剣道の大会を一切禁止するなどという意見は聞いたこともありません。それどころか高校の剣道の大会で敗者復活戦の、そのまた敗者復活戦がおこなわれるのに驚いたことがあります。
 武術として柔術・居合を稽古される方はこのような虚言に惑わされないでください。  


 本年、第一回目の居合道講習会を3月7日(日)に実施いたします。今回の講習会のテーマは「抜付け」です。詳細は貫汪館ホームページの稽古のページを御覧下さい。
 今回の講習会も公開して行いますので、未経験者や他流派の方も歓迎いたします。講習会は9;30~16;30、場所は七尾中学校武道場です。


 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)です。
  1. 2010/03/05(金) 21:25:46|
  2. 剣術 総論

代々背がまえがかる

 師によれば大石家の人は代々背が前がかるのだそうです。これは代々剱を振り続けてきたからだろうと言う事でした。つまり胸を張った姿勢ではないということです。
 現代人の姿勢は明治維新以降の国民皆兵の中で形作られてきました。江戸時代の武術家の肖像画を見ればわかることなのですが、江戸時代に書かれた塚原卜伝や伊藤一刀斎、小野次郎衛門、宮本武蔵、男谷精一郎、千葉周作などの肖像画はみな背が前がかっています。
 西洋化された現代的な感覚でみれば背がまえがかっていると感じられても当時にあってはそれが普通であったのだろうと思います。大石家代々の師範も明治維新以降の感覚で判断すれば背が舞えがかっていたと言う事なのではないかと思います。
 私自身も自衛官であった時のような背筋の状態で刀を用いろと言われれば全く異なった動きにならざるを得ません。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)です。
  1. 2010/07/31(土) 21:25:14|
  2. 剣術 総論

「下げもん」

 写真は柳川で雛祭りの時に用いられる「下げもん」を周囲に飾ったひな飾りです。柳川古文書館に飾ってありました。
 さてこの「下げもん」ですが大石神影流と関係があると大石先生から伺いました。
 大石進は突きの稽古をするときに始めこの「下げもん」の毬を目標にしていたそうです。しかし、突きの上達とともに毬の損傷が激しく、すぐ壊れるようになったためやがて毬の代わりに石をつるして、それを突く稽古をしたという事です。
 しかも、その石が砕けるようになってしまったというのですから半端ではない稽古です。、また一度突いて揺れているのを続けて突く稽古をしたといいます。随分昔、私もこのような方法を試みたことがありますがとても難しいことでした。

下げもんDSC_0768



 貫汪館居合講習会を3月6日(日)に実施いたします。今回の講習会は大森流の基本である「初発刀」「左刀」「右刀」「当刀」「陰陽進退」、英信流の基本である「横雲」「虎一足」「稲妻」を中心に稽古します。詳細は貫汪館HPの無双神伝英信流の稽古のページをお読みください。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 城南中学校剣道場 19時~20時45分です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)です。 
  1. 2011/02/20(日) 21:26:50|
  2. 剣術 総論

大石進の江戸での試合

 大石進が始めて江戸に出て試合を行ったときの話として大石家に伝わっているお話です。
 大石進が初めて江戸に出て試合をしたときには、それまでに経験したことがないような動きをする流派があったという事です。たとえば地を這いつくばるような低い姿勢から打ち込んでくる流派や、高く跳びあがって打ち込んでくる流派など様々な遣いぶりの流派があったという事なのです。
 現代剣道では考えられないことなのですが、流派の違いというのは教習体系や考え方の違いですから、当然自分たちが知らないような動きをする流派というものが存在します。自分のやり方が絶対だといってはおれないわけです。大石進は苦労しながらもその場でこれらの未知の動きをする流派に対処したと伝わっているそうですが、自分達ののやり方が普遍的で絶対であるなどという思考をしていたら対処することはできなかったかもしれません。
 武術には絶対という事はなく何が起こるかわかりません。自分達が行っているのは流派の中での方法論であって、絶対というものではないという事は心に留めておかなくてはなりません。

 昨日、大石進先生のお墓参りをしたときに撮った写真です。お墓の周りには桜が咲いていました。
    大石先生00105ei00105


 次回の貫汪館居合講習会は5月22日(日)を予定しています。講習は大森流や英信流表の難易度の高い形について行う予定です。詳細は後日お知らせいたします。

 4月30日(土)の稽古は前倒しして4月29日(金)に行います。稽古時間は午前9時~12時までです。場所は廿日市スポーツセンター武道場ですのでお間違えのないようにしてください。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 荘島体育館 軽運動室 19時~21時です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)です。
  1. 2011/04/10(日) 21:25:25|
  2. 剣術 総論

一本目をとれば良い

 初代大石進先生の教えは一本目をとれば後は良いというものであったと伝わっています。江戸で負けた剣客たちによって、いまだに大石進が長竹刀による、試合にこだわった試合剱術を推し進めたという事にされていますが、2mの身長で牛が田でひく犂を余興で自分自身でひいて見せた剣客が江戸の剣術家と同じ総長三尺二,三寸の短い竹刀を用いるほうが異様です。
 江戸では多くの人が短い刀を指していたようですが、西国ではそのような事はなく加藤田新陰流の加藤田平八郎は三尺の刀(刀の長さで三尺ですので、総長は四尺一寸はあったと思います。)を腰にしていますし、広島の貫心流でも刀の長さは身長の半分が適するとしています。身長が171cmの私ならなら適する長さは今用いている2尺8寸2分の刀ということになります。大石神影流では普段の手数(形)の稽古は刀の長さでいえば2尺8寸2分総長3尺8寸のものを用いますが当時の身長の平均が160cmくらいだと考えれば、江戸の人たちに対して初めから長い刀を用いる稽古をしている事になります。
 話がそれてしまいましたが、初代の大石進先生の教えはのちにまで生きており、明治・大正・昭和と生きた初代の孫の大石一先生もまた「一本目をとれば後は良い」と教えられていたそうです。大石一先生の孫である我師が剣道の試合をされるときにもそのように「一本目をとれば後は良い」と教えられたそうで、その理由は「木刀であっても先に打ち込まれるともう動くことはできない。ましてや刀ならなおさら。そのあといくら打ち込まれても気にすることはない。所詮竹刀だから。」というものであったという事です。
 強いものは妬み嫉みの対象となってしまい真実が見えなくなることがあります。

 写真は一昨日とった大石一先生の石碑の写真です。ここにも桜が咲いていました。
大石一先生DSC00114


 次回の貫汪館居合講習会は5月22日(日)を予定しています。講習は大森流や英信流表の難易度の高い形について行う予定です。詳細は後日お知らせいたします。

 4月30日(土)の稽古は前倒しして4月29日(金)に行います。稽古時間は午前9時~12時までです。場所は廿日市スポーツセンター武道場ですのでお間違えのないようにしてください。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 荘島体育館 軽運動室 19時~21時です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)です。
  1. 2011/04/11(月) 21:25:22|
  2. 剣術 総論

乱正

 大石進の突技には槍術の影響があったと指摘される事があります。
柳河では槍術と剣術の師範を兼ねる者が多くいました。大嶋流槍術と愛洲新影流(新陰流)は村上一刀という一人の人物によって伝えられましたのでこの二つの槍術と剣術は以後同一の師範によって伝えられています。大石進も大嶋流槍術と愛洲新影流を村上一刀の弟子である祖父の遊軒から伝えられています。
さて、大石進の突技が槍術に由来するものかどうかはさておき、村上一刀という人物によって槍術と剣術が伝えられたために、村上一刀の段階で既に大嶋流槍術と愛洲新影流剣術には理の共通化が見られるように思います。その一つが道歌にも見えていますが、大石進はさらにこれを進めたのではないかと推測できます。その一つが「乱正」です。
『大嶋流鎗術鑑乾巻聞書』に「・・・乱正ハ文字ノ通リ敵ノ實シタルヲ乱スナリ」とあり、乱正とは鎗先を敵の表裏に動かす動作を言います。その目的は敵を乱すことにあります。
 一方、大石神影流においては「天狗抄」に敵がこちらを乱そうとして乱正するに対して、技を掛ける手数(形)があります。大石神影流剣術の場合には切先を左右に動かすのではなく、上下に動かします。大嶋流では敵に対して乱正するのですが、大石神影流では敵が乱正してきます。大石神影流での用語も大嶋流同様に乱正という言葉が用いられていますので大石進において槍術と剣術の理の共通化を見て取る事ができる一事象だと考えられます。

 裏庭に長男が小学生の頃に植えたチューリップが今年も咲きました。何の手入れもせずほったらかしですが毎年花咲かせてくれます。
 今朝掘った筍です。今年は寒い日が長く続いたためか例年に比べ出てくるのが遅いように思います。
チューリップ1DSC00118 タケノコDSC00117


 次回の貫汪館居合講習会は5月22日(日)を予定しています。講習は大森流や英信流表の難易度の高い形について行う予定です。詳細は後日お知らせいたします。

 4月30日(土)の稽古は前倒しして4月29日(金)に行います。稽古時間は午前9時~12時までです。場所は廿日市スポーツセンター武道場ですのでお間違えのないようにしてください。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 荘島体育館 軽運動室 19時~21時です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)です。
  1. 2011/04/16(土) 21:11:15|
  2. 剣術 総論

鶺鴒の尾

 『千葉周作遺稿』に「当流にて下段星眼の太刀を鶺鴒の尾の如く動かすは、切先の死物にならぬ様居付かぬ為、移りの早からん為め、且は起りの知れぬ為めなり、・・・」とあります。
 昨日のべた大嶋流槍術や大石神影流剣術の「乱正」と同じ動きをさせています。その目的は大嶋流槍術や大石神影流剣術と異なり、實した相手を乱すということにはないようですが、同じような動きを槍術を通じて経験している大石進にとって北辰一刀流の鶺鴒の尾の動きは対処しやすかったであろうと推測できます。

 昨日、裏山に登って筍を掘っていると、視線を感じました。見回してみると竹やぶの中に猫が一匹。人家の周りにいる時と異なり随分と賢いように思われるのです。随分昔ダイビングをしている時にも経験しましたが、水族館と異なり海の中に自然な状態でいる魚には知性的で好奇心旺盛なものもいて、私の手の近くまで来ては、少し距離をおきという動きを何度も繰り返し、こちらを観察して遊んでいる魚もいました。
 竹やぶの猫に「何をしているの」と話し掛けると竹やぶの上のほうを見て、またこちらを向きます。また同じように問い掛けると、竹やぶの上のほうを見ていました。上には青い空と鳥がいましたが、鳥を見ていると言いたかったのかもしれません。

 今朝、再び裏山に登り筍を掘りました。昨日よりは沢山出ていました。筍は楽しみのために掘っているのではなく、隣の山から我家の裏山に侵略してくるのを防いでいるのです。竹になってしまったら切るのは大変ですが筍の時には簡単に退治できます。隣の裏山も40年前には普通の広葉樹の山でした。戦前戦中には庭園になっていたといいます。竹が侵略してくるスピードは速く、一年ほっておくとかなり侵略されてしまい、もとからあった広葉樹は枯れてしまいます。
 裏山に咲いていた花の写真と今日ほった筍です。
花1DSC00123花2DSC00126
花3DSC00129花4DSC00131
花5DSC00133竹の子4.17DSC00134





 次回の貫汪館居合講習会は5月22日(日)を予定しています。講習は大森流や英信流表の難易度の高い形について行う予定です。詳細は後日お知らせいたします。

 4月30日(土)の稽古は前倒しして4月29日(金)に行います。稽古時間は午前9時~12時までです。場所は廿日市スポーツセンター武道場ですのでお間違えのないようにしてください。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 荘島体育館 軽運動室 19時~21時です。興味のある方は 無雙神傳英信流抜刀兵法 久留米道場の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)です。
  1. 2011/04/17(日) 21:25:58|
  2. 剣術 総論

長刀稽古の効用

 大石神影流の長刀手数(形)は2本しかありません。もともと3本あったものを2本にまとめたようですので2本のうち1本は形が長くしくまれています。
 長刀の稽古をしていると、体の左右が均等に遣えるようになってきて自分自身の変化が面白く感じられます。剱術では通常右手が前で左手が後ろになりますが、長刀は左右交互に使うために、そのような方よりはなくなります。銃剣の稽古で左を前に使いますが、刀を用い銃剱を用いるので左右交互というわけにはいかず、感覚的にもずいぶん違っています。
 先日、父が裏山の境にイチイの苗木を植えたいというので、子供たちと一緒に大鎌で裏山の笹を刈り払いましたが、私自身以前は苦手であった左前の動きが自然になっていました。
 今後、様々な面でどのような効果があるかわかりませんが、面白い変化だと思います。 


無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 荘島体育館 軽運動室 19時~21時です。興味のある方は 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
  1. 2012/04/10(火) 21:25:38|
  2. 剣術 総論

 先日であった外国の方がヨガや善に興味を持っておられる方でした。その方が言われるのに「日本の武道は禅と関係があると聞いていたので剣道を教える日本人に禅をするかと聞いたのだけれどほとんどの方はしたことがないというのでがっかりしている。」ということでした。私にも禅はするかというので「しない。」というとやはりがっかりしていました。
 私の場合は、祖父の兄弟二人が曹洞宗の僧侶で、小さいころから禅寺では遊んでいました。二人の内に一人は非常に厳しい雰囲気を持っている方で(私にはそう感じられましたが、大人たちは優しい人だといっていました。)、もう一人は私には優しい雰囲気を持った方(大人は厳しい人だといっていました。)でした。
 そういうわけで、小学生のころから仏教については勉強していましたが、どうしても神社に参拝する方が好きでした。寺と神社の持つ雰囲気は異なっていますので私には神社の方があっていたという事でしょうか。
 さて、稽古をする方で禅をするかどうかは、その人次第です。禅の助けを借りて上達しなければならない人は助けを借りればよいし、助けを借りる必要がない人は禅をする必要もありません。
 話を元に戻しますが、師のもとで出会った外国の方ですので、師と稽古を少しお見せした後、手数を二本経験していただきました。その感想は禅と同じものを感じるという事で、喜んでおられました。武道の稽古はそれそのものが修行ですので稽古のあり方によっては、、どの段階までかはわかりませんが、無理に宗教の力を借りる必要もないと私自身は感じています。


 貫汪館居合講習会を7月22日(日)に実施いたします。今回の講習会のテーマは「太刀打、詰合・・・居付きをなくすための稽古」です。貫汪館H.Pの無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古のページをご覧になりどなたでもご参加ください。

 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場の稽古は毎週水曜日 荘島体育館 軽運動室 19時~21時です。興味のある方は 無双神伝英信流抜刀兵法 久留米道場のホームページ(←クリックしてください)の《稽古日時・場所》に記してある連絡先からご連絡ください。
  1. 2012/07/16(月) 21:25:12|
  2. 剣術 総論

大石神影流の稽古

 大石神影流の手数については多い方には既に30本くらいをお教えしてあります。しかし、同時期にお教えしているのにその習得の差があまりに大きいのは上達する方が一つ一つを大切に習得されようとしているのに対して、上達していない方は手順を覚えようとされているのみであるような気がします。
 一つ一つを大切にされる方というのはお教えした呼吸に乗せた構え方をしっかり稽古して身につけておられる方ですが、上達されない方は、ただ手順のみをなぞっておられ、その中身がどうなのかを検証しながらの稽古はされていない方です。
 また手数の稽古を一人稽古されるときにも上達される方は自分のその動きが理にかなっているのか、そうではないかということを検証しながら稽古できる方ですが、上達されない方はただ手順を繰り返しておられる方です。
 手数の稽古で上達するためにはその動きが持つ意味を一つ一つ理解し、自分の動きを検証できる方にのみ可能です。もし、そのようなことが性格に合わないのであればへとへとになるまで千回、二千回とひたすら稽古していかねばなりません。
  1. 2013/06/13(木) 21:25:58|
  2. 剣術 総論

刀が斬る

 柔術を専門に稽古しておられる方が大石神影流の手数を稽古すると、木刀であるためかどうしても力で木刀を打ち込もうとされる傾向があります。
 しかし刀は刃がついており触れれば切れるものであり、棒が威がなければ相手にダメージを与え得ないのとは異なっています。木刀は真剣の代わりであり、刃のない棒とは異なっています。棒と思わずに真剣であると思って手数の稽古をしなければ上達するものではありません。
 自分が斬るという思いがあればどうしても必要以上の腕力を込めて刀を扱おうとします。その思いを捨て、刀が斬るのだと観念して稽古してください。
  1. 2013/06/14(金) 21:25:34|
  2. 剣術 総論

打太刀・仕太刀

 剣術の形の稽古は基本的に上位者が打太刀を勤め下位のものが仕太刀を稽古します。これは打太刀が仕太刀を上達へ導くために適切な機会や間をとって稽古させるためです。したがって初心者に打太刀をさせることは絶対にありません。
 稽古が進んだ同位の者同士が稽古する場合にはお互いに打太刀仕太刀を交互に行うことがありますが、これはあくまで同位のもの同士のことです。上位のものが自分が仕太刀の稽古をしたいからといって下位の初心者に打太刀をさせることはありません。もし自分が仕太刀の稽古をしたいのであれば自分の上位の方に打太刀をお願いしてください。

 貫汪館横浜支部のホームページに9月までの稽古予定が載せられています。ご確認ください。
  1. 2013/07/03(水) 21:25:55|
  2. 剣術 総論

打ち込みません

 9月8日(日)に横浜で行う貫汪館横浜支部講習会のお知らせを貫汪館H.Pのお知らせのページに載せています。
 大石神影流剣術の講習と、無雙神傳英信流抜刀兵法の講習を行います。どなたでも参加いただけますので貫汪館横浜支部のホームページからお申し込みください。筋力を用いる稽古は行いませんので女性の方やシニアの方も歓迎いたします。



 大石神影流の手数の稽古は打ち込むという動きはしません。打ち込むとは相手に切り込んだとき所謂茶巾絞りをして木刀を握り締め木刀の動きを止める動作を言います。
 あくまでも斬る動きの途中で体の中心の動きをとめることにより木刀の動きは止まりますので切り込んだときに肩や腕に筋肉の緊張を感じるようであれば上に述べたような動きをしていますので注意してください。そのような動きをしていると動きが一回一回途切れてしまい自由になるための稽古が自分の体を不自由にしてしまいます。これは突きの動きでも同じで突いたときに肩や腕に力をいれ絞りとめるような動きをしていたら次の動きはできなくなってしまいます。自分の動きを確認してください。
  1. 2013/07/23(火) 21:25:44|
  2. 剣術 総論

防具と竹刀

 11月30日には大石神影流の特別稽古を行います。その中で防具着用の稽古も行います。防具や竹刀を持っていない方もおられると思いますが、手に入るならば使い古した中古や格安のものでも構いませんから入手するようにしてください。
 防具着用の稽古をしたことなしで大石神影流を名乗るのはたとえて言うなら、無雙神傳英信流抜刀兵法を名乗りながら太刀打や詰合・大小詰など見たことも聞いたこともない、素抜き抜刀術しかしたことがないという事ですし、加藤善右衛門伝の大嶋流槍術を名乗りながら相面試合をしたことがないという事です。さらにたとえるなら二天一流を名乗りながら二刀の使い方を知らないという事ですし、新陰流を名乗りながら袋撓を使った事がないようなものです。
 確かに大石進は手数(形)を大切にしましたが、それは試合稽古の基礎基本であったからで、大石神影流が大石神影流であったのは防具を着用して竹刀を用いて自在に攻防ができたからです。手数の稽古で養った動きが防具を着用した上でも出なければなりません。
  1. 2013/10/21(月) 21:25:23|
  2. 剣術 総論

防具着用稽古

 土曜日の稽古で防具着用の稽古をいたしました。大石神影流は試合一方で、形無しの講道館柔道のような存在だと思われがちですが、大石進は手数(形)を重んじ、試合の前には必ず手数の稽古をしたと伝えられ、その門人にも手数の稽古をさせています。約八十本ある大石神影流の手数もそれ故に現在まで残されています。
 さて防具着用の稽古ですが、稽古された皆さんは手数の稽古は積んでいるものの、現代剣道の経験はない方がほとんでした。
 間合の感覚がわからないという心配もしましたが、それは杞憂であり、しっかりとした間合で稽古できたのはこれまで手数の稽古を積まれた成果であると思います。また私が事前に想像していたように現代剣道とは異なった下の絵に似た動きとなっていました。今後も防具着用の稽古は続けたいと思っています。
chiyoDSC05682.jpg
  1. 2013/12/02(月) 21:25:30|
  2. 剣術 総論

なじみのない動き

 2月11日(火・建国記念の日)9:00~12:00 一般の方を対象とした横浜講習会を行います。
講習内容は大石神影流剣術 試合口と陽之表10本全てです。
通して稽古いたしますが、これまで参加されたことがない方でも参加いただけます。大石神影流に興味がある方はご参加ください。 
Special classes of both Oishi Shinkage-ryu kenjutsu & Muso Shinden Eishin-ryu Iai Heiho at Yokohama Branch
9:00 - 12:00 Oishi Shinkage-ryu kenjyutsu (swordsmanship)

横浜支部のホームページをご覧になり
お申し込みください。
http://kanoukan-yokohama.jimdo.com/横浜講習会のお知らせ/


 現代剣道を経験した方で大石神影流の手数を稽古されると奇異に感じることもあると思います。
 たとえば、打ち込む(斬り込む)だけでなく右片手中心で左手は添え手にしてすり切ったり、両手で刀を持っているのに相手の刀を片手で防いだり、両手で刀を持っているにもかかわらず、片手で斬撃をしたりという動きは、現代剣道の価値観から見ればおかしなものだと思います。
 しかし、よくよく稽古していけばなるほど理のあることだという事に気付くと思います。また大石進によって用いられるようになった片手付きの技も、片手での斬撃を稽古していれば必然的に生じるものであり、無理のある動きではないという事に気付くとも思います。おかしな動きだと感じられたら、その理を考えてみてください。

 父の家の前庭の紅梅の蕾です。ほどなく咲くと思います。
kouDSC04855.jpg
  1. 2014/02/02(日) 21:25:09|
  2. 剣術 総論

攻める


 大石神影流剣術の手数では多くの形が攻めることを重視しています。一般に言われている日本剣道形の構えのように八相や脇構えは相手の動きを観るためだという考えはありません。脇中段であっても車であっても、たとえ手数の手順がどうあれ相手を斬るためのの構えであるという事を忘れてはいけません。
 陽之表の「二生」では相手が斬りかかりこちらは後方に下がって下段に下ろしますが、このとき、切先が死んでしまう方がおられます。この動きは下段から相手を攻めるためですので思い違いをしてしまうと手数が求めている動きを養う事ができなくなってしまいます。

 横浜市金沢区の金沢八景にいる次男に三浦半島の南端の城ケ島を案内してもらいました。城ケ島の灯台です。歴史がある灯台でした。
toudai1DSC04882.jpg
toudai2DSC04881.jpg
  1. 2014/02/10(月) 21:25:51|
  2. 剣術 総論

動き

 大石神影流の手数を稽古すると体が動かなかったり、体がばらばらに動いている方は周りからもはっきりと見えてしまいます。
 体の切り替えがきかず右半身から左半身への移行がもたついたり、手の内を返して相手の連続した動きを押さえることができなかったりします。
 原因はいくつもあるのですが、初心の方は木刀を使おうとして肩・腕・手首を用いてしまい、体と腕と刀がばらばらになっているのです。このような方は基本的な動きから身に着けなければ手数の稽古をいくら行っても正しく手数が身につくことはありません。お教えしてある素振りを正しく毎日行い動きの基礎を身に着けてください。
 また、体を力ませているため各部が自由に動かないということも原因になります。特に肩に力みが入る方は体幹と肩から先の動きはバラバラになってしまいます。肩を用いない努力をしてください。初めは不安になりへたになったと感じるかもしれませんが、やがて変わり始めます。


海水は透明度が高く透き通っていました。
03DSC04890.jpg
  1. 2014/02/14(金) 21:25:09|
  2. 剣術 総論

現代剣道と古武道

 現代剣道は刀を用いる動きではないと批判されることがありますが、私は現代剣道のほうが古武道に比して人間的に素晴らしい方が多いと考えています。
 それはたんに形のみの稽古をして、しかも見せようとして見栄えを求めているのか、実際に相手と竹刀を交えて自分の至らぬところを打ち込まれて自分の未熟さを知ることができるのかの差異であると思います。
 貫汪館で稽古される方は、少しでも自分に慢心が生じれば、それを断ち切り謙虚に己の至らぬことを知るように勤めなければなりません。上達すればするほど己の至らぬところが見えてきて、慢心は決して生じぬはずのものです。

 大石神影流剣術の稽古では防具着用の稽古もしますが、その稽古を通じて自分の未熟さを知ることを心がけねばなりません。


壊れた船が岩に乗り上げていました。釣り道具なども散乱していましたので廃船ではないようです。
06DSC04916.jpg
  1. 2014/02/17(月) 21:25:01|
  2. 剣術 総論

大石神影流の演武について

 4月5日の貫汪館本部講習会と4月6日の広島護国神社奉納演武会のお知らせを貫汪館ホームページのお知らせのページに載せました。ご確認ください。

 大石神影流の演武では正式な演武において刃引を用いることもありますが、鞘木刀で代用いたします。したがって大石神影流を稽古しておられる方は木刀の鞘は必ず準備してください。刃引の代用ですので可能であれば栗形をつけ、下緒もつけてください。作成方法は様々で市販の物を2本つなげても良く、革鞘を作成してもよく、塩ビで作成されても構いません。和紙に羽牛を塗り固めて本格的に作成された方もおられます。
 また、正式な演武に際しては脇差または短刀をさしますので、真剣を所持していれば鯉口のしっかりした真剣を、模造刀を所持していれば模造刀を用いてください。大石神影流の稽古に用いる小太刀の寸法はおおむね総尺1尺8寸、刀身1尺3寸2分、柄4寸5分、鍔と切羽の間3分です。これに近い脇差があればそれにこしたことはありません。
 木刀で演武する時には革鍔を用いてください。プラスチックの鍔は安価ですが、どうしてもそれなりの演武にしか見えません。紋付で演武しているのに足元は白いソックスという感じになってしまいます。

父の家の紅梅です。
koubaiDSC05011_201402232106088d0.jpg
  1. 2014/02/25(火) 21:25:57|
  2. 剣術 総論

明撃

 貫汪館 秋の昇段審査会は9月21日(日)です。ご予定ください。

 大石神影流の手数や無雙神傳英信流の太刀打・詰合の形などで動きが多くなるとただ木刀を振り回してどこを斬りに行っているのかが明確でない動きをされることがあります。
 勢龍や左沈などで二撃目に切り上げる場合、どこを斬り上げるのかが明確でなければ仕太刀の動きもいい加減になってしまいます。乱曲で打太刀がいい加減に間合がとおいのに(刀が届かないのに)小手を連続して斬る動きだけをすると仕太刀の打ち落とす動きもまたいい加減なものになってしまいます。
 詰合も然りで打太刀が正しく脛に抜き付けていなければ仕太刀の虎一足の動きがいい加減なものになります。
 打太刀も仕太刀(遣方)もどこを斬り、突きに行くのか、明確に動けていなければただ馴れ合いの動きになってしまいます。

 裏庭にあるポポの木の花は、これが花かと思う位に地味です。
DSC05765.jpg
  1. 2014/05/12(月) 21:25:29|
  2. 剣術 総論

 自分の動きを正そうとして努力したことがかえって癖となってしまうことがあります。
 たとえば大石神影流の足の開きで見てみると足は撞木足で90度近く開きます。しかし、現代剣道を稽古してきて体は相手に正対して、左右の爪先が真っ直ぐ向いてしまう方が、無理に足だけを開いた場合、稽古によって上半身が開くようになるとさらに足が開いてしまい、左右の足が90度以上開いてしまうということがあります。はじめに無理に足を開いたことが後々になって癖となってしまう例です。
 手の内が甘く柄を左右から握ってしまう方が無理やり手を絞って持つと、体が整い内側が働くようになっても手首が硬直する癖が残ります。
 何事も無理に正そうとすると稽古が進んでもおかしな癖となって残ってしまいますので、時間をかけて正していくことが必要です。

裏庭に咲いていました。
DSC05768.jpg

  1. 2014/05/13(火) 21:25:09|
  2. 剣術 総論

大石神影流においても

 昨日は抜きつけと心の関係について述べましたが、大石神影流の手数の稽古をしていても同じことが言えます。
 一見同じような動きをしていても、間違った稽古をする方は剣術は剣による攻防だとばかり心得、相手の剣をより強く張ったり払ったり、隙があるところへ直ちに切り込もうと考えて稽古をします。
 しかし、一見攻防の稽古に見える手数においても調和が大切であり、対峙した相手(敵)との調和を求めるならば、そうなるべくしてなる動きが生まれ、必要もないのに強く張ったり払ったりという動きにはなりませんし、手数の中で隙ができたところへは体が自然と動いて斬り込んでいるはずです。相手との調和ある動きがあれば必然的にそうなるのです。相手に応じた動きが意識しなくても、意識していないからこそ出てきます。
 貫心流の「糸引きの傳」は調和を求めるための指針として最適な言葉であろうと思います。目と目、体と体、剣と剣、心と心が糸のように相手とつながっていなければ求めようはありません。

 数日前がミカンの花の開花の盛りでした。
mikannkaikaDSC05791.jpg


  1. 2014/05/18(日) 21:25:16|
  2. 剣術 総論

基礎

 大石神影流の手数を稽古される状態をみてわかることは基礎ができていない形の上達は遅く、基礎が身についている形の上達は早いということです。
 基礎とは正しい体の状態ができているかどうかということで、鼠蹊部の緩みや、形の適切な市、手の内の状態などをいいます。そういう観点から柔術を専門に稽古してきた方と居合を専門に稽古し敵高田とでは上達の速度が明らかに異なります。居合を専門に稽古してきた方はすでに基礎の稽古を積まれてきているので手数の稽古に入っても手順や呼吸を覚え、稽古を重ねれば、そのまま上達につながります。一方柔術を中心に稽古されてきた方は刀や棒を持つ時間は相対的に少なく物を持った場合の基礎は身についていません。
 したがって柔術を専門に稽古してきた方に大石神影流の稽古をしていただくためには、時間はかかっても素振りや構えの稽古に時間を割き、基礎を作るところから始めていただかなければ、かえって上達は遅くなってしまいます。できていないのに先に進めば道をたがえるだけになってしまいます。

庭にドクダミの花が咲いています。
dokudamiDSC06007.jpg
  1. 2014/05/24(土) 21:25:36|
  2. 剣術 総論

 大石神影流剣術の手数の稽古では鞘付木刀を用います。しかし総長3尺8寸の木刀を用いますので市販の物では短すぎるため鞘は自作しなければなりません。古式にのとって硬質の革で作ってもよいいのですが、木刀に合わせて作ろうとすると非常に難しく、技術がありません。また、顧問の先生に作っていただいたように和紙で形を作り、漆で固めていっても良いのですが時間的な余裕がなければとても作ることができません。
 一番簡単なのが塩ビ管を用いる方法です。80度を超える熱で軟化しますのでコツを覚えれば比較的簡単に作ることができます。ただし温度が低くなると縮んでしまいますので、一気に形を作ろうとして差し込んでしまうと抜けなくなってしまいます。
まずはじめに鯉口の部分を十分に広げてから徐々に形作ってください。
 まだ作られていない方は詳細はお尋ねください。コジリと栗型は木で作ります。
saya2.jpg
  1. 2014/07/24(木) 21:25:49|
  2. 剣術 総論

仕太刀は打太刀につれて

 大石神影流の手数の稽古や無雙神傳英信流抜刀兵法の太刀打、詰合ではじめに構えをとるときには打太刀につれて仕太刀が動かなければなりません。
 焦って、または我慢できずに仕太刀が打太刀よりも先に構えようとすることがありますが、打太刀につれて動くようにしてください。「つれて」というのは動いたのを見て動くと区切るのではなく、心の動きに応じてと言うことです。
 大石神影流では、はじめの構えから、構えを変える手数がありますが、このときも同じで仕太刀から構えを変えることはありません。焦らず打太刀の心と動きを観て下さい。

shiuchi.jpg
  1. 2014/08/12(火) 21:25:59|
  2. 剣術 総論

小太刀の重さ

 大石神影流で用いる小太刀の木刀は当然の事ながら太刀の木刀よりも重さは軽いのです。しかし軽くて使いやすい(手数の困難さは別にして)と思うか、軽くて使いにくいと思うかによって上達は大きく左右されます。
 軽くて使いやすいと感じる方は多くは小手先で小太刀を操ってる方だと思います。反対に軽くて遣いにくいと思っている方は軽いものを重く使うことに苦労されている方だと思います。
 右腕と小太刀が一体になり、その重さを臍下丹田で感じることができれば小太刀を軽いと感じることはありません。

忠吉2
  1. 2014/08/13(水) 21:25:03|
  2. 剣術 総論

木刀の重さ

 大石神影流では竹刀や真剣は乳の高さまでのものを使っても良いということになっていますが、手数の稽古には同じ長さで、ほぼ同じ重さの木刀を用いています。
 普通の体格の初心者にとっては問題はないのですが、体が大きくて力が極端に強い人、または小柄で非力な人にはその重さが問題となる場合があります。力が極端に強い人にとって、大石神影流で用いる木刀はまるで箸か爪楊枝のようにしか感じられず、手首を少し動かすだけで木刀が使えてしまいます。初心者に軽い重さを体で感じるようにと言っても困難なので、重い木刀を持っていただくと体を使うという事が理解できる場合があります。そこを糸口としてお教えするほうが早道だと思います。
非力な人には軽い木刀をという方法を取ると体を使うということを覚えることはできません。しっかりと理論をお教えして、体で感じていただき、少しでも体感できればそこから進んでいく事ができます。
 指導されるときには色々と工夫してください。

DSC_0247.jpg
  1. 2014/11/07(金) 21:25:40|
  2. 剣術 総論

防具着用稽古

 講習会では防具着用稽古も行っていただきました。私は鑓、銃剣(短鑓のかわり)、小太刀を持ってお相手をいたし、北大坂支部長には二刀を用いてお相手していただきました。これは同じ条件のもとでのみ稽古していたら自由を求める武道がかえって不自由になってしまうのを防ぐためです。
 それぞれの得物には、それぞれの特徴があり、それを知った上でこちらが自由に働かなければなりません。
 鑓に対した方は、入身の稽古の必要性を感じられたと思います。銃剣の左手から前の長さは竹刀の鍔先の長さとほぼ変わりませんが、その分長い槍に比して銃剣は機敏に位置を変える事ができます。槍に対しても銃剣に対しても受け身になることは禁物で、突いてきたら入身をすると考えるのではなく、初めから前に出て行く思いがなければなりません。
 一方、小太刀は普通の長さの竹刀に対しては入身をしなければなりませんので常に前に出てきます。竹刀をもった方は小太刀が入身して来ようとする機をとらえなければなりません。
 それぞれに対する工夫をしてください。

 今回は道場内での稽古であるので、私が槍や銃剣を持って稽古しましたが、有利な武器を持った者が不利な立場にあるものに試合を挑むことはありません。したがって剱と槍との試合は防具着用稽古が盛んになった幕末にもそれほど行われてはいません。廻国修行の場合でも通常は剱と剱、鎗と槍の試合です。有利なものが不利なものに試合を挑むのは非礼になります。道場内ではかまいませんが、対外的に鎗を以て剱に試合を挑むことは非礼な事であると知っておいてください。

 稽古槍のたんぽがありませんので今回は私が軽く当てるか当てる前に引いて鎗と対する稽古をしていただきましたが、いずれは大嶋流の稽古槍を用いて皆さんにも稽古していただきたいと考えています。

DSC_0126.jpg

  1. 2014/11/14(金) 21:25:14|
  2. 剣術 総論

「大石武楽先生のお墓参り」

 15日(土)に「大石武楽先生のお墓参り」が手鎌道場主催により行われ、私も参加しました。大石神影流第7代宗家大石馨先生をはじめ、大牟田市長御夫妻、大石神影流の先輩、手鎌道場の指導者の方と子供たちと保護者のお母さん方が参加され、お墓を掃除された後参拝。その後大石宗家のお話や、大牟田市長のお話があり、私も少しお話して大石神影流「鞘之内」を演武しました。 これまで雨や行事が重なるなどして参加することができませんでしたので、初めての参加でした。 
 いつもながら大石進父子のお墓の見事さには感動しますが、今回感動したのは手鎌道場の子供たちの素直さと勤勉さでした。心が本当にピュアで掃除や草抜きに、良く働いているのです。また難しすぎた私のつたない話や鞘之内の演武にも集中してくれていました。剣道の指導者の奥園さんの人格が素晴らしい事もあるでしょうし、保護者の方が素晴らしく家庭教育も素晴らしいこともあるでしょうし、また大牟田という土地柄が素晴らしいのもあるかもしれません。どうしたらあのような素晴らしい子供たちに育つのか、その秘密を知りたいと思いながら広島に帰りました。

DSC08901.jpg
  1. 2014/11/17(月) 21:25:07|
  2. 剣術 総論

防具着用稽古

 大石神影流剣術を指導するようになって、防具着用稽古もしていただいています。私自身はこれまでできるようになった人とは素肌で竹刀で止太刀を用いて稽古をしていましたが、そのレベルに至った人は2人しかいませんので、防具着用稽古が安全な方法であろうと思います。
 防具着用の稽古はあくまでも限定的な稽古で全てを出せるわけではりませんが、それでも自分が動けるかどうか、理兵法に流れていないかどうかを確実に体認させてくれます。
 間合いは正しいのか、本当の打つべき、突くべき機会に技が出せているのか、さまざまなことが限定された条件のもとで確認できます。一人静かに心が鎮まる方であっても、相対すれば心は乱れます。打とう、打たれまいと思うからです。このような状態の中で心も体も鎮まっているのか、稽古を通じて自らを顧みなければなりません。
 防具着用稽古の利点は独断を許さないところにあります。

この絵馬も天王社の絵馬です。薄くなっていますが、牛若丸と弁慶の図です。
DSC003161.jpg

  1. 2015/02/19(木) 21:25:00|
  2. 剣術 総論

礼法

 大石神影流剣術では他流派にあるように初めに木刀を汲んで床の上に置きという所作はありません。また、お互いに正座で礼を行うということもありません。演武をするときには初めから木刀は腰にあります。
 これは稽古が道場稽古ではなく、神社の境内などで行われたことも大いに関係していることです。また、柳河藩では武術上覧には藩主は建物の内にあり、その庭先で演武が行われたことも関係しています。このようなことも歴史を知らず稽古が道場の床の上だけで行われていたと思っていては理解できない事であろうと思います。

地御前神社の最後の絵馬は大石内蔵助です。他にも絵馬はたくさんあるのですが、薄れてしまってはっきり見えません。また、廃棄処分されたものも多いと思います。
12_201503080236180f3.jpg
  1. 2015/03/19(木) 21:25:00|
  2. 剣術 総論

大石神影流剣術

 大石神影流剣術は大石進が手数を改変して流名を変えるまで、村上一刀が柳河藩に伝えた流派は愛洲陰流、愛洲新陰流、またたんに新陰流と呼ばれることがありました。大石神影流も初期には大石神陰流と「陰」の字を用いていましたがやがて「影」の字に落ち着きます。
 その略称は時に「しんかげりゅう」と呼ばれることもありましたが絶対に「おおいし」などと略すことはありませんでした。貫汪館において勝手にそのような略称をこしらえている方もいるようですが貫汪館に所属されている方がそのように言えば、そういうものだと世間は信じてしまいます。歴史を塗り替えてしまう恥ずべき事はすべきことではありません。師がそのように言っていないのに勝手にそのように言うという事は何を意味するのか考えればわかることです。昨日の入門の意義を再びよく考えてください。他のことも全て同じで貫汪館が伝えている流派の歴史的な事象に関する事を勝手に変えてしまうのは許されることではありません。

横浜市金沢区の洲崎神社です。天保9年再建の社殿のようです。
P6150108-1.jpg
  1. 2015/07/25(土) 21:25:00|
  2. 剣術 総論

附け

 大石神影流の「附け」の構えは突くことを前提とした構えです。したがって「附け」の構えが本物になるためには実際に突く稽古をしなければなりません。
 手数の中では「附け」の構えから突くことはありませんが、それは変化を教えているのです。実際に突けるようにもなっていないのに、自分の「附け」の構えについて論じるのは空想でものを言っているに等しい状態です。大石進種次先生のように毬や小石を吊るして稽古しても良いですし、植木があればその葉を突いて稽古することもできますし、地面に細竹を立てて突く稽古をすることもできます。
 「附け」の構えは大石神影流の特徴の一つですから疎かにすることはできません。

DSC_2017a.jpg
  1. 2016/12/24(土) 21:25:00|
  2. 剣術 総論

FC2カウンター


無料カウンター

プロフィール

貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)

Author:貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)
無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術 貫汪館の道標へようこそ!

カテゴリー

ブログ内検索

リンク

このブログをリンクに追加する

最近の記事

月別アーカイブ