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無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

形数を誇る

 人によっては知っている形の数を誇る方もいます。知っている形が多いから偉いと思ってしまうのです。知っていることよりもできることの方がはるかに大事なのですが、形数を誇る傾向がある方は自分ができているのかできていないのかがわかっていません。そのような傾向がある方には、しっかりとできているのかできていないのかを教えなければなりません。先に進んでしまうと取り返しがつかないことになってしまいます。
 また流派の数を誇る人も世の中にはいます。貫汪館で稽古している門人の形にそのような傾向が表れたときには要注意です。指導者は心しておいかなければなりません。
 できもしない形数を誇る傾向は私の指導の経験からすると、」日本人よりも他武道を経験している外国人によく見られがちですので、そのような方を指導するときには心してください。

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  1. 2020/08/15(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

教えすぎない

 まだその段階には達していないのに、良かれと思って教えすぎてしまうとかえって道を迷わせる原因となってしまいます。
 その段階に至っていませんので、教えたことは理解されずに、自分なりの理解をしてそれで良しと思ってしまうことがあります。また、人によっては頭で理解したつもりになり、さらに体得したつもりになってしまうことがあるのです。前者は間違っていると否定すれば済むことなのですが、後者はもともとそのような性格の人であれば自分は上達しているからそのようなレベルまで教えられるのだと高慢になってしまい、体得できていない基礎的な稽古もしようとしなくなってしまいます。
 基礎から一つずつ体得させ、段階を追って教えていかなければなりません。

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  1. 2020/08/14(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

危うい兆候

 武道、特に古武道は自分はこういうことができると広言する人が多いのに茶道や華道にはそのような方が少ないように思います。なぜなのだろうかと思います。古武道には人の心を狂わせるものがあるのでしょう。ある人は斬ることを誇りにし、ある人は流派の歴史を誇りにし、ある人は肩書を誇りにし、ある人は同時に何流派も稽古し指導していることを誇りにし、またある人は古武道の団体で顔が利くことを誇ります。
 貫汪館で稽古する方は、このような兆候が自分に現れたら危ういと思ってください。

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  1. 2020/08/13(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

特別なものではなく

 武道を何か特別なものであり、自分は特別なことをしていると考えるとき、間違いが生まれ武道がとんでもないものにかわります。現在における古武道の存在意義は自分の至らぬところを知るための手がかりであり、少しだけ護身の方法としての存在であるだけです。
 自分は特別なことをしており、特別なことをしている自分は特別なのだと思う時、武道はとんでもないものになってしまいます。

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  1. 2020/08/12(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

稽古と日常生活

 無雙神傳英信流・澁川一流・大石神影流の稽古が日常生活の質を高め、丁寧な日常生活がまた無雙神傳英信流・澁川一流・大石神影流のレベルを上げていきます。もしそうなっていなかったとしたら、日常生活か無雙神傳英信流・澁川一流・大石神影流の稽古が質の低いものになっており、いずれかが足を引っ張っている可能性があります。
 雑な日常生活を送っていれば雑な稽古になりますし、雑な武道になります。丁寧なまた繊細な日常生活を送っていれば丁寧な繊細なけいこになり、稽古によって自分の武道は磨かれていきます。よい稽古をしていれば日常生活においても気づきがあり、日常生活も向上していきます。
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  1. 2020/08/11(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

褒める

 昨日は、稽古ではできないところを指摘し指導すると述べましたが、褒めて指導するほうが良い場合もあります。それは稽古する方が子供や武道についてほとんど知らない初心者の場合です。
 子供は素直ですが右も左もわかりません。変な情報が入ってしまうと、そちらに流れてしまう可能性も大きくあります。
褒めることによって正しい方向がこちらなのだと導くことができます。下手な知識がない大人の初心者も同様です。右も左もわかりませんから褒めることによって進むべき方向がわかるようにしてあげてください。
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  1. 2020/08/10(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

できないところを指導する

 武道は本来命のかかった場で命を守るために稽古するものです。できていないところが斬られるとこなので、師はできていないところを指摘し指導して上達させていきます。できるのが前提で、本人が気づけるように凸凹をなくす指導をしていきます。したがって褒められるということはあまりありません。褒められるのは期待されている以上によほど上達したときや、他のことを教えられているのに、そこから違うところに気づいて指導されていないところも上達しているといった場合です。あるていどの期間指導を受けるとこのような指導を受けるようになります。
 最近の人たちは「褒めて伸ばす」ということに慣れていて、このような指導に違和感を持つかもしれませんが、逆に言うと、指摘されていないところは今のところ、今の段階ではよいところなのです。とくに欧米の人は褒めて育てられているせいか、指摘されるところが多ければ多いだけ、失望してしまう傾向があるようです。それだけ自分の動きをよく見ていただいているのだと感謝するところなのですが、そうは思わないようです。
 難しい時代です。

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  1. 2020/08/09(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

素直さを伸ばす

 子供や武道を何もしたことがなく、また古武道に対する先入観がない人の動きは素直で飾り気もありません。指導者はその素直さを伸ばす指導をしなければなりません。
 手順を覚えていないからといって形に当てはめようとか、弱々しいから力強くさせようとか余計な指導をすれば素直さはなくなり、始めから持っている良いものをなくさせることになります。形に当てはめず、のびのびと育てなくてはなりません。

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  1. 2020/08/08(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

わかったと思う時

 稽古を続けていると、「わかった」と思うときがあります。そのわかったと思うときが危ういときでもあります。わかったと思ったときには達成感があるために自分の至らぬところに気づけなくなり、また分かったっと持った時点でそこに居つき、上達は止まってしまいます。
 「わかった」と思ったときには何がわかって何がわかっていないのか、何ができて何ができていないのかを冷静に分析して至らぬところ、できぬところを見つけてください。

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  1. 2020/08/07(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

打太刀の稽古

 大石神影流や無雙神傳英信流の太刀打や詰合などの手数・形がある程度自由に(覚えたということではなく)できるようになったら、支部長はその人に打太刀の稽古をさせてください。いつもは打太刀が仕太刀を導きますが打太刀の初心者はどうしても気が焦り動きが早くなりがちですので支部長は仕太刀であっても打太刀を正す心で仕太刀を務めてください。

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  1. 2020/08/06(木) 21:25:00|
  2. 剣術 業

刀を振りかぶる

 斬撃で刀を振りかぶるときに、柄が頭の上にくるあたりで刀の軌道が少しでも変化している場合には多くは過剰に振りかぶろうとして両脇を開けたり、両手で刀を上方に持ち上げたり、手の内をずらしたりしています。
 自分の心がそうさせていますので、気づいたら、しっかりと正してください。
 
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  1. 2020/08/05(水) 21:25:00|
  2. 居合 業

刀を納める 2

 刀を納めるときに右腕を伸ばさなくても無理に腰を捻って納めると、これも無雙神傳英信流の技ではなくなってきます。腰を捻ることなく無理のない納刀を工夫してください。

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  1. 2020/08/04(火) 21:25:00|
  2. 居合 業

刀を納める

 刀を納める動きは抜く動きの反対です。表裏の関係になりますので、どちらもおろそかにはできません。抜くとき同様に右腕を伸ばさなければ納められないようであれば、無雙神傳英信流の技にはなりません。工夫してください。

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  1. 2020/08/03(月) 21:25:00|
  2. 居合 業

抜かないこと

 右腕を伸ばさなければ抜けないようであれば絶対に抜いてはいけません。理にかなわない抜き方をしてそれで「良し」としてしまえば技は身につかず我儘が身についてきます。
 そのためには少しでも、これはダメだと思ったら刀は抜かないでください。抜けないところから工夫は始まります。

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  1. 2020/08/02(日) 21:25:00|
  2. 居合 業

刀を抜く

 刀を抜くときは右腕を伸ばすことはありません。右腕を伸ばすに抜くためには自分の体の右ではなく左の働きが大切だということがわかってくると思います。左といっても上半身だけでなく足の裏からすべてを含んだ左です。ここがわからなければ無雙神傳英信流の技は理解できませんので、疎かにすることなくしっかり稽古してください。
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  1. 2020/08/01(土) 21:25:00|
  2. 居合 業

投げ捨てない

 他の素手の武道を経験された方が渋川一流柔術の稽古をされると、受を自分から遠くに投げようとされる傾向があります。
 渋川一流柔術では捕は受と一体になりますので投げ捨てるということはなく捕が受との関係の中で動きの中心となって動き、結果として相手が投げられた形になります。したがって捕の感覚からすると、すべては自分のうちで起こる事象になります。工夫してください。

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  1. 2020/07/31(金) 21:25:00|
  2. 柔術 業

枠型

 枠型は四留の条件がさらに厳しくなったものと考えてください。受は捕の両掌を合わせて両手を動かなくします。このときに受が中途半端な動きをして捕之両手が開く状態にあると稽古に花臨戦。しっかりと密着させてください。この条件の中で捕が技をかける工夫をするので高いレベルの稽古になります。

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  1. 2020/07/30(木) 21:25:00|
  2. 柔術 業

四留

 四留は受が捕の両手首をとり両手を使うことができない状態にする形です。この時、受が中途半端に捕の手首をとると全く捕の稽古にはなりません。捕が臍下丹田を使って動くことができるように捕を上達させるためにもしっかりと両手首をとることが不可欠です。

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  1. 2020/07/29(水) 21:25:00|
  2. 柔術 業

構え

 大石神影流の構えは半身に構えますが形だけを半身にすればよいというものではありません。足を外に向ければ事足りるのではなく、足首、膝、鼠径部上半身とつながっていますので、足首、膝、鼠径部のどこかに無理があり、歪みがあれば正しい構えになりません。また、正しく動けていなければ正しく構えていても構えは崩れてしまいます。
 自分の動きに繊細になり、無理や歪みに気づいて正してください。一人稽古が大切です。

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  1. 2020/07/28(火) 21:25:00|
  2. 剣術 業

取り組む姿勢(道をそれないために) 大石先生のお考え

 大石神影流の師 大石英一先生が教えてくださったことで最も印象的だったお話は以下のお話です。
 「祖父は校長を務め、また村長や市会議員もしていたので多くの来客がありました。来客を玄関までお見送りするのは私の務めでしたが、来客が帰られた後に祖父は私に、どのような帰り方をしたかを尋ねました。ある人は丁寧にスリッパをそろえ、ある人は脱ぎ散らかし、ある人はスリッパを拝むようにして揃えられました。子供に対して丁寧に挨拶して帰る人もあれば、子ども扱いして帰る人もいました。何年もたってから祖父はその人たちが現在どのようになっているかを話してくれました。帰られていく態度に相応したような現在があったように思います。」

 大石家では武道とはそのようなものとして教育が行われていました。大切なのは日常生活での人の行いであったのでしょう。

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  1. 2020/07/27(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

取り組む姿勢(道をそれないために) 梅本先生のお考え

 無雙神傳英信流の師梅本先生は私を導いてくださるときに以下のようなお話をしてくださいました。
 「正しく動いて斬られたのであれば仕方ないと思わなければならない。」

 その頃、私は年齢的に若く、相手を斬るということに強い思いがあり、それを正してくださいました。梅本先生にとっては居合は心と体を正す修行ででした。「正しく動いて斬られたのであれば仕方ないと思わなければならない。」という考えがわからなければ無雙神傳英信流の習得は難しと思います。

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  1. 2020/07/26(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

取り組む姿勢(道をそれないために) 畝先生のお考え

 澁川一流の師 畝重實先生はこのような話をしてくださいました。
 「柔術は人と勝ち負けを競うものではなく、また何の役に立つということはないけれども、あれば何かあった時に心強いもの。」つまり澁川一流柔術の技は人と争うためにあるのではなく、万が一何かあった時にあれば身を守れるものだとおっしゃっていました。
 また、活かしについては、実際におぼれた人などを助けられたこともあり、これも何かあった時に役立てばよいものという考えを持っておられました。
 強いとか弱いということには言及されることはなく、実技の面においても社会生活においても人と争い自分が上に立ちたいという思いを持つことを否定しておられました。

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  1. 2020/07/25(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

流派ごとの特徴8

 『他流試合口並問對』からはこれで最後です。槍術流派についての記述もありますが、また、いつか。
 下の記述は有名な江戸の流派についての記述ですのですぐにお分かりになると思います。長州のこの流派の師範である〇〇は江戸で手直しを受けた後、長州藩主に頼み(という形をとって)大石進種次に入門し試合剣術を習っています。

「是ハ他流試合を不致。此流儀にてハ、専ら相手の気を取事を主とすと云へり。譬へハ途中にて無拠真剣勝負等致時、往来見知らずの人にもせよ、何某好時分御通り掛り被成、御助太刀被下候抔と言葉を懸、相手の気を取候て勝を取事多しと聞。」

 面白い真剣勝負の方法です。

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  1. 2020/07/24(金) 21:25:00|
  2. 武道史

流派ごとの特徴7

 この流派についてはすぐにわかると思います。かなり全国的に流布している流派です。、明治以降に脛打ちは卑怯ということで衰退したとされていますが、当時の記述には竹刀で床を叩きまわり、大声を上げ隙を見て脛を打つということも記してありますので、美意識の問題であったのかもしれません。

「上段の構。すねを打事を主とすと云へ、予いまたこゝろミす。」

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  1. 2020/07/23(木) 21:25:00|
  2. 武道史

流派ごとの特徴6

 この流派の記述からはどの流派の記述かわかりにくいかもしれません。有名な流派ですが、防具を着用するようになった中津藩の師範の頃から稽古する人数が増えたようです。

「清眼の構。業多し。突も有之。右の小手打事早し。手本ニ入込、太刀を押付る。其訳は相手の刀ミねに掛、手前え引つくる。真剣なれハ、ミねに刃切込。相手弱けれハ、刀も取落すものゝよし。仍て其心得肝要也。刀の丸ミねを此流儀にて用ゆるは其為也とて、惣して躰の当り強し。是をふせくに口伝有。又手本にて脇腹を打事能心得有へし。」


明治大学の長尾先生のご研究『試合剣術の発展過程に関する研究』にはこの流派について「其体は,竹刀を下段にもち,此方の胸板より面へかけてつき,左右の小手を打,胴 を打つ」とあります。

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  1. 2020/07/22(水) 21:25:00|
  2. 武道史

流派ごとの特徴5

 二日間述べてきた流派の中で、その流派を代表しているくらいに有名な人ではありますが、その流派の使いようとしては異質な人物についての記述です。誰についての記述か考えてみてください。大石進種次も試合し、二代目の大石進種昌が嘉永4年に江戸の藤堂邸で桃井春蔵などと試合したときには、この人は高齢で試合はしていませんが、種昌に「お父さんによろしく」といった人物です。
 次の文章の(  )に名字が入ります。

「当流の試合口は右の通りたりといへとも、当時(  )先生は是と異なり、清眼に構へ、一本勝負にて無之。此先生は専ら他流試合有之故か、突も用ひらる。諸手突、片手突ともに有之。其心得有へし。」

 この記述がある『他流試合口並問對』は天保7年に書かれています。大石進種次が江戸でこの人物と試合したのは天保4年ですから、「諸手突、片手突」は大石進種次と試合した後にすぐ始めたのだと考えます。

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  1. 2020/07/21(火) 21:25:00|
  2. 武道史

流派ごとの特徴4

 昨日の記述の補完です。嘉永5年7月29日の土佐藩の樋口真吉の廻国修行日記に昨日の流派とタイ捨流・鉄人流について以下のように記してあります。

「試合一本宛折鋪立合い、急ニ掛リ分合をせる仕口、惣而旧日之如し、可思人才、教導之難き事」

 大石神影流の樋口真吉にとっては勝負をむさぼるような試合の仕方は純然たる他流試合の趣旨からは離れているという認識があったのだと思います。

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  1. 2020/07/20(月) 21:25:00|
  2. 武道史

流派ごとの特徴 3

 この流派も全国的に広まった流派です。

「上段の構。拳を打事早し。又取付上段より面え打込事も早し。手本ニ入込、脇腹を打。突は無しといへとも、当事他流専ら突を用故、突も多く用ゆる也。一本勝負にて休ミ、息間を考へ又相手の虚を見、立上り試合す。仍て休内無油断心得へし。」

 「上段の構。拳を打事早し。」というところに特徴がありましたが、やがてこの特徴もなくなっていくようです。また、「一本勝負にて休ミ、息間を考へ又相手の虚を見、立上り試合す。」というところも特徴で、この特徴もやがてはなくなりますが佐賀藩のこの流派ではおそくまでこの特徴が残っていたようです。

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  1. 2020/07/19(日) 21:25:00|
  2. 武道史

流派ごとの特徴 2

 次は全国的に流布した流派の一つです。当時の他の記録を見ても、この流派についてはおおむね次のような記述がみられます。

 「清眼之構。突は不用。勝負を貪る事多し。其心得有へし。」

 長い間胴を用いなかった流派で、他流試合をするときには帯のようなものをまいていたといわれます。「勝負を貪る事多し。」というのは当時は審判はおらずお互いに打突の有効性を判断していたのですが、この流派は先に相手から打たれていてもあとから打って自分の打ちのほうが強かったと、勝ちを主張した流派であったことが他の資料からもうかがえます。

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  1. 2020/07/18(土) 21:25:00|
  2. 武道史

流派ごとの特徴 1

 幕末、特に天保の頃までは試合においても流派ごとの特徴が顕著に表れています。大石進種次が江戸で突き技と胴切りを広めるまでは突き技や胴切りは江戸ではあまり行われていません。九州では文政5年には大石進種次は竹刀・防具を改良しおえて中津藩の小野派(中西派)一刀流の長沼無惣右衛門と試合し、久留米藩などでも試合していますので江戸よりも早くから突き技や胴切りが行われていたと思います。
 天保7年に柳河藩の笠間恭尚により記された『他流試合口並問對』に表れる各流派の特徴を記しますので、どの流派の特徴であるか考えてみてください。
 
 「一本勝負に遣ひ、流儀の五本目のかまへにて走込、我思ひ込処を無邪念打、表裏を成事、畜生心とて武士の志にあらすとて、大に嫌ふ也。」

 九州の流派です。「走込」「表裏を成事、畜生心とて武士の志にあらす」というところに特徴があります。

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  1. 2020/07/17(金) 21:25:00|
  2. 武道史

武道の危うさ

 武道というのは諸刃の剣で正しく導かれ正しく稽古すれば修行にもなりますが、少しでも道を間違えば邪になるために稽古をしているような結果になります。
 これは「武」がもつ業のようなもので、多くの人の武道を始める理由の一つに人よりも強くなりたいとか人に負けたくないとか他者と自己を比べて少しでも優位に立ちたいというものがあるからです。これは様々な形で現れてきます。
 技の面で人よりも優れて見られたいと虚飾を誇るのはまだかわいいものですが、古武道の組織の中で力をえたい、自分がいなければ組織は動かないとみられたい。自分に頼ってくれば融通が利く。こういう考え方に落ちいってしまう人が少なからずいます。自分が古武道のためにお役に立ちたいというのとは全く異なった行動です。また、自分は武道に関してこんなに知識があると誇る人もあります。武道学会で武道史を研究されておられる先生方の研究態度とは全く別物です。
 自分もそのような邪な道に落ちるかもしれないということを常に思い、自分自身に気を許さずに、道を踏み外さないように稽古していかなければなりません。
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  1. 2020/07/16(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論
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貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)

Author:貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)
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