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無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

品格

 伝統の上によく稽古を重ねられた方の演武には品格が備わっています。気高さや上品さといったおかしがたいものです。品格を備えられた方の動きには無理無駄がなく、演武中に一つの形が終わったからといって演武が途切れる(隙ができる)こともなく、演武場への出入りにも隙がありません。初めからは終わりまで続いています。
 そのような品格が備わった演武ができるように稽古を重ねたいと思います。

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  1. 2019/04/18(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

伝統に裏打ちされた流派

 演武を拝見していて、本当によく伝えられていると伝統の重さに思わず感動する流派があります。
 それは個人の技量が上手であるとかないというレベルの話ではなく、流派としての教えが伝えられている、いわば重厚さがあるということです。また、そのような流派であれば、その先生の一門の方も同じように教えを体得しておられるのを感じます。
 時に残念に感じるのは代がわりをして、それ以前の教えが変わってしまったのかと思われるぐらいに変化してしまう時です。流派の教えよりも個人の考えを優先してしまうと、そうなってしまうのかもしれません。

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  1. 2019/04/17(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

伝統

 無雙神傳英信流・澁川一流柔術・大石神影流剣術はいずれも昔からの伝統を持つ古武道です。
 伝統がある流派には実際に教えられ、伝えられてきた大切なことがあります。核となるものは人から人へと伝えられなければ伝わることはありません。たとえ文章で詳細に記されていたり、ビデオで細部まで撮影されていても伝えることはできません。
 それゆえに伝統を絶やしてはならないのです。一度絶えたものは、どんなに努力して元に戻そうとしても魂ともいえるものは伝わりません。

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  1. 2019/04/16(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

演武は己の修行のため

 私たちが貫汪館独自の演武会を主催するのも、日本古武道協会や日本古武道振興会の演武会で演武するのも、私たち自身の修行のためです。
 貫汪館が主催する奉納演武や演武会は自分たちの修行の成果を確認する場であり、日本古武道協会や振興会の演武会は他の目のある中で自分たちの会得したものを他の目を意識することなく行う修行の場です。しかし、このような演武会は自分たちをアピールするためだと考えたり、演武会に参加することを、貫汪館のプレゼンスをアピールするお手伝いをすると考えてしまえば、それは修業とはかけ離れたものになります。そのような考え方をしていればやがて演武は見ている人を意識した派手さを求め、奇をてらったものと変化していくでしょう。
 演武は己の修行のためと心に刻んでください。
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  1. 2019/04/15(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

強く打つ、強く突く

 幕末の頃の話に、誰々に竹刀で籠手を打たれると食事の時に箸をもてないとか、誰々に突きを受けると、食事が喉を通らないという話があり、強く打突することが良いことであるかのように受け取れますが、幕末であっても「刀」を忘れて稽古していた人がいたのだろうと思います。
 大石進種次は身長七尺と言われますが、只背が高いだけでなく余興で農民を楽しませるために牛がひく鋤を自分が装着して引くことができたほど力の強い人でした。しかし打突の強さに関する話は全くありません。それは竹刀が刀の代用であるという意識があったからです。
 刃がある刀であれば、相手を制するために竹刀や木刀のように強く打ったり強く突いたりする必要はないからです。
 南山大学の榎本先生のお話をお伺いしているときに先生が「撃剣では刀ではなく、棒でたたく感覚の者たちもいたのだろう」という趣旨のお話をされたことがありますが、そのような感覚の武士もいたのではないかと思います。

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  1. 2019/04/15(月) 21:25:00|
  2. 武道史

稽古着

 稽古着には不思議な力があり、上達を助けます。無雙神傳英信流抜刀兵法は他流派から見ればかわった袴捌をしますが、この袴捌が体の感覚を発達させるのを助け、正しく袴捌をしていれば座る度に上達をしていきます。これはズボンや体操服では不可能です。また袴のゆったりとした重さを感じることができれば立っていても下半身を下方に落ち着かせることを助けてくれます。
 また、上衣も和服のゆったりした袖ならなおよいのですが、ゆったりした筒袖でも袖の重さを感じることができるものであれば腕の無駄な力みを感じることに役立ち、居合の抜き付けや剣術での構えを正しい位置に導きます。これも体操服などでは不可能です。
 稽古着にはそのような効果もあるのだと考えてください。
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  1. 2019/04/14(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

刀の代わり

 木刀や竹刀はあくまでも刀の代わりです。しかし刀を知らずに、先に竹刀や木刀に特化した使い方に慣れてしまうと刀に対して違和感を持つようになります。稽古の過程で竹刀、木刀の使い方が基準になってしまうので刀を扱うのを難しく感じ重く感じるのです。竹刀、木刀に特化した体の用い方で刀を扱ってもそれは刀の扱い方とは異なります。刀を使った時に手首や肘を痛めるのは刀の遣い方をしていないためです。
 初めに刀を用い、刀の使い方が身につき、しみこんでいれば、たとえ軽い木刀や竹刀を用いても刀を使う使い方で竹刀や木刀を使うことができます。しかし、それは現代剣道におけるように竹刀を巧みに使う動きではありません。刀の使い方で竹刀を使うことは現代剣道にはなく、そのようなことをしたら、剣道ではないといわれてしまうでしょう。
 これまでの指導の経験から、刀の用い方を知らずに澁川一流柔術の半棒の稽古で木刀を手にした人は木の棒で叩くような使い方しかできず、また大石神影流剣術の稽古で木刀を用いても同じようなことが起こります。貫汪館ではじめに居合の稽古をしていただくのはこういう理由があります。貫汪館の稽古では竹刀や木刀はあくまで刀の使い方の上に使わなければなりません。

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  1. 2019/04/13(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

初心者の稽古

 貫汪館では初心者の方には無雙神傳英信流抜刀兵法をはじめに稽古していただき、大石神影流剣術、澁川一流柔術と稽古していただきます。居合・柔術・剣術の三流派をほぼ同時に稽古していただくのですが、全く武道を経験したことがない初心者のかたは不思議なくらいに三流派を違和感なく一つのものとして習得していかれます。
 へたに現代武道を経験して古武道を始め、三流派をと言われると戸惑うようですが、江戸時代の武士も現代武道を全く経験したことはないので、武道とはそのようなものと考えており、初心者の方と同じようにいくつもの種類の流派に取り組めたのかもしれません。
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  1. 2019/04/12(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

副次的効果

 古武道を稽古することが実生活にこのように役立つといったことをことさらに宣伝することは、そこに焦点を当ててしまうために、かえって稽古の本質を失わせ、副次的な効果も少なくなってしまうように感じます。
 しかし、あえて述べれば、子供たちには次のようなことが言えるでしょうか。

・礼の心を大切にし、人と争わないことを学べる。
・心を落ち着けて、穏やかに行動することを学べる。
・何かが起こった時、冷静に対処することを学べる。
・集中力と忍耐力を身につけられる。
・伝統文化を大切にする心を育てられる。

 子供たちに稽古してもらうためには保護者の心を動かさなければならないので、上記のようなことを前面に出した方が良いのかもしれません。

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  1. 2019/04/11(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

復元

 貫汪館で稽古される方は、たとえ依頼されたとしても流派の復元演武については慎重でなければなりません。
 研究のために復元したのであれば、その研究の場だけで演武すべきで、公開の場で演武すればたとえ「復元」とiいう言葉をつけたとしても、見ている方の中には間違える方も出ます。さらには、ここが問題なのですが、復元したものを研究とは関係ない第三者に教えたくなります。研究とは関係ない第三者に教えてしまったら、復元した形は独り歩きをし始め、やがては復元ではなくひそかに伝わっていたことになっていきます。
 自己満足のために、いい加減な行動をしてしまうと、取り返しがつかない事になってしまいます。
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  1. 2019/04/10(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

 大石神影流剣術や無雙神傳英信流抜刀兵法の太刀打など二人で組んで行う形で重心があがってしまい斬りこんだときに体が前に取られるようなときは下手に「腰を入れる」という動きをしていることがあります。
 そういう時には少し腰を緩め、臀部が下方に落ち着くようにすれば安定することがあります。工夫してください。

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  1. 2019/04/09(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

忘れること、捨てること

 武道未経験者の上達の速さについて述べましたが他の武道をしっかり経験していても速やかに上達できる人がいます。
 それは「忘れる」「捨てる」事ができる人です。新たなことを新たな事として習得しようと努めることができる人です。そのような人は上達も早くこれまでの経験も役に立っています。

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  1. 2019/04/08(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

武道未経験者の上達

 道場に見学に来られ、よく「武道(現代剣道、柔道)の経験はないのですが」と話されることがあります。しかし、実際には経験がない方が先入観がないために、お教えすることが素直に吸収されるので上達は速いものです。
 経験がある方は、それをよりどころとするため、たとえば刀の振り方が竹刀の振り方になっていてもそれをおかしいと思わず、違いがわらない傾向にあります。そのまま稽古を続けてしまったら手首や肘を痛めてしまいます。ずいぶん前に熱心に稽古する弟子が、職場の関係者で剣道の高段者に「週に二回も居合の稽古をしたら、肘や手首を痛めてしまうだろう。」と言われたような状態になります。刀を竹刀を使うように使えばよほど体が丈夫にできた人でなければ、より重量があるものを扱うのですから体を痛めてしまうのは当然です。
 また、柔道の試合の投げ技に基づいて柔術の技を理解しようとしたら見事ではあっても、刃物に対する柔術の動きとは異なった技になってしまいます。他の武道も同じでそれぞれ自分が行ったことの上に新たなことを築こうとするので、それが邪魔をしてしまい、それを正すために稽古時間を費やさなければならなくなってしまいます。
 それ故に何も武道を経験したことがない方の方が上達が速いのです。
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  1. 2019/04/07(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

稽古相手を選ぶ

 最近は他流派の門人同士でお互いの流派を教え合うということが行われるようですが、教える資格がない者が教えるということは本来ないことです。澁川一流柔術にも大石神影流剣術、無雙神傳英信流抜刀兵法の歴史において免許皆伝になる前に許されて他を教えることはありますが、あくまでも師の許可のもとです。師の許しがないのに他を教えることはありません。
 最近は教えるという感覚ではなく知っていることを伝えるという感覚で、師の許しもなくお互いに情報交換のための稽古もあるようです。貫汪館ではそのようなことは行われていませんが、そのようなときは、教えることを許されている人かどうか、どのようなレベルにある人かを知らなければなりません。師から教えることを許されてもいない相手から、その知っている流派の知識を得たとしても、その人が持っている悪癖や個人的な考え方などの悪影響しか受けることはありません。

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  1. 2019/04/06(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

習い事

 現在の子供たちにとって、書道もスポーツも多くは習い事です。一時的に習得するものであって、生涯をかけて会得するものという感覚はありません。また、親もその感覚で子供に習わせます。古武道に関しても同様ですので指導者はそのつもりで子供たちを教えていかなければなりません。
 覚悟を定めて一生の行として稽古をする人達とは別にかぎられた期間に限られた時間内で大切なことを会得させなければなりません。子供たちが将来生きていく上での糧となるように稽古させる内容を十分に考えたうえで教えていかなければなりません。
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  1. 2019/04/05(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

修行

 修行という言葉には古めかしく硬い雰囲気があるようです。また、修業というイメージから厳しすぎる、さらにはいじめに近いようなイメージを持たれる方もおられるようです。
 一生をかけて求めることを修行といいますが、大切なのは求め続けることですので、厳しさは他から強要されるものではありません。自分が自分自身をみつめ、求めるものを体得することが大切です。他から強要されたものは形は身についてもその中にあるものは身につくことがありません。新たな気付きを得ること、変わることを楽しいと感じられることがあれば修行という言葉のイメージも変わっていきます。
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  1. 2019/04/04(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

手の内

 無雙神傳英信流抜刀兵法、澁川一流柔術、大石神影流剣術の手の内は本質的に同じです。しかし、これまでの指導の経験から、柔術から入った人は手の内が会得できず、刀や木刀、六尺棒などを使うことができない傾向があることがわかりました。居合から入った人は剣術も柔術も手の内が正しく、柔術も剣と同じように使えるということがわかっています。
 貫汪館で初心者に最初は居合の稽古をさせている理由です。

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  1. 2019/04/03(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

三年

 貫汪館で真剣に稽古して、自分自身で自分を見ることができるようになり、自主稽古をして伸びていけるレベルに達するのに三年が目安となるようです。
 三年はあくまで目安で、師の指導に従ってできないことをできないと認識して真直ぐに稽古する三年です。貫汪館で稽古する前に経験したことを基礎として考えたり、よりどころにしていれば当然習得は遅くなります。また、自分の考えを挟んで先生はそう言われるが、自分はこう考えるなどと思っていたら、三年で済まないどころか遠ざかっていくばかりになるかもしれません。 
 入門してからの三年間をひたすら教えを会得しようと勤める期間にすれば最短距離で上達していきます。

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  1. 2019/04/02(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

上段にとる

 初心者の方は上段にとったときに肘が広がり、斬り下ろす時にそれを締めなければならない構えをとることがあります。
 このような方には上段をとる時には臍下に息を吸い込み、肩の力みを抜き、重心を臍下に収めるように毎回指導してください。癖になる前に直さなければ中段や下段、附けなどからの振りかぶりもそのようになってしまいます。
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  1. 2019/04/01(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

欲望

 一度欲を持つと、その欲は限りなく広がり、納まるところを知らない状態になるようです。気を付けなければなりません。
 武道の世界でいくつもの事例を眼にしてきました。古武道の世界は試合がないため試合ではなく自分の地位を古武道の組織の中で高いものにしようとする欲を持つ人がいることもわかりました。それとは逆に今現在の日本古武道振興会の役員の皆さんのように大変な仕事を引き受けて、古武道のために働いておられる方もおられます。
 現代武道に関しても、広島で国体の種目を私が運営した時、そのような例をみました。国体を利用して自分の地位を高めようとする人物がいたために運営に大きな支障をきたし、不必要な苦労をさせられました。
 現代武道の世界は試合があるために謙虚な方が多いのかと思っていましたが、とある県では警察剣道と学校剣道の指導者の間は必ずしも良好なものではないという事実も知りました。勢力争いです。
 最高位の大会で優勝したような人物でも、体力の衰えとともに試合で好成績が出ずに、試合から引退してしまうと、過去の栄光が忘れられずに組織の中で上位の地位にありたいという欲を持つ人がいるという事も見てきました。醜いのは組織を運営し皆さんのために役に立ちたいという思いからではなく、人の上に立ちたいという地位への欲望です。欲望からその地位に就いた人物は組織を悪い方向へと導いていきます。また、さらには世の中でも認められたいという欲から古武道をも利用しようという邪悪な欲望をもつこともあるのだということを目の前で見ました。邪悪な者と邪悪な者は結びつくので、現代武道であっても古武道を利用しようとするし、利用される方もその機会を用いて自分の地位を高め、名声を高めようとします。最高位の称号を持つ人物が自分の欲のためにそのようなことをするのです。人間形成も何もあったものではありません。武道そのものが邪悪な心を作るものとなってしまいます。
 
 自分は大丈夫とは思わず、いつも自分自身に邪悪な欲望が起きないように心しながら生きていかなければなりません。

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  1. 2019/03/31(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

彼我が一つであること

 形稽古においては彼我が一つであることが大切です。、こう来たら、こう動く、ああ来たらああ動くというようにお互いがばらばらに動くのではなく、彼我が一つとなって、そうなるべくしてそうなるという動きでなくてはなりません。
 そのためにはすくなくとも相対してからは彼我が一つになっていなければならず、それを貫心流剣術では「糸引きの伝」という言葉で表しています。私たちが稽古している流派にはそのような術語はありませんが、同じことを稽古しなくてはなりません。
 彼我が一つになれば敵対するという心の状態とは異なったものになります。
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  1. 2019/03/30(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

繋がるように

 構えは全て相手と繋がらなければなりません。中段の構えや附けの構えは比較的相手とのつながりがわかりやすいと思いますが、この状態は下段であっても上段であっても脇に構えても同じです。木刀を通じて相手と繋がっています。棒を用いても同じで相手と繋がっていない構えをとることはありません。手の内の工夫ができていない初心者であってっも、この心を忘れずに稽古しなければなりません。
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  1. 2019/03/29(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

上段

 無雙神傳英信流抜刀兵法と澁川一流柔術では上段の表面にあらわれる形は違いますが、本質的には同じです。
 上段にとるとき、初心者は刀が上がるにつれて重心がとられ、浮きだってしまいますが、上がるという事は同時に下がるという事ですので、重心が上ずってしまうことはありません。また、上段は落ちる寸前の位置にありますので、上がりきったところから構え終るまでには少し下がって落ち着きます。
 工夫してください。

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  1. 2019/03/28(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

抑える

 澁川一流柔術の受を抑える動きは腕で抑えるのではなく、自分の体重が有効に働くように技を掛けなければなりません。そのためには彼我の位置関係が大切ですが、彼我の位置関係が正しくても抑えようという意識が働きすぎると腕、肩で抑えてしまいがちです。
 無雙神傳英信流抜刀兵法の大小詰は自分緒腕を直接用いず柄を介して押さえますので、腕力が直接作用することがないためか比較的、上記の動きが理解されやすいように思います。貫汪館の流派はお互いに良い方向へと導いていきますので、まんべんなく稽古していかなければなりません。
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  1. 2019/03/27(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

突く

 棒をもって突く動作はなぜか肩から先で棒を扱おうとする人が多いのですが、刀の斬撃と同じで肚から突きます。ただし切るのとはことなり前方に力を伝えていきますので尾骶骨の動きも意識しなければなりません。肩からついてしまう人は突こうとする意識から離れて、尾骶骨を前に送るという意識を持って稽古してみてください。写真のような良い突きになると思います。
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  1. 2019/03/26(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

振ろうとしない

 現代剣道を経験した人は特にそうですが、無雙神傳英信流抜刀兵法や澁川一流柔術の居合、大石神影流剣術の剣術の手数や鞘の内などの斬撃で刀を振ろうとして前腕で刀を扱おうとします。そういう意識が起こった時には刀は体とは別物になってしまい肚中心に動けなくなってしまいます。体で斬るという事を忘れずに稽古を続ければ腑に落ちるようになってきます。意識が動きを邪魔しています。
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  1. 2019/03/25(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

沈む

 澁川一流柔術の四留の三人捕の投げ、上抱の擔投、無雙神傳英信流抜刀兵法大小詰の電光石火は投げようとして動き始めると力技になってしまいます。まず、受の目の前から消えることによって、受の心が定まらないようにします。そのために鼠径部のゆるみを一気に用い體を沈めます。その沈む動きを用いることで右手は受の右肩にかかります。投げようという気持ちからははじめない事です。工夫してください。
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  1. 2019/03/24(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

目の奥で見る

 居合も柔術も剣術も心で相手を見ますが、実際には目を通じて相手を見ています。しかし、目で見ているとはいう物の目の前面で見るのか目の奥で見るのかという感覚をもつことによって物のみえ方はずいぶん異なってきます。
 表面で見てしまえば起こる事象に心をとられ、奥で見れば事象の奥に潜むことが見え始めます。工夫してください。
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  1. 2019/03/23(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

鎬で受ける

 大石神影流剣術では相手の切込を鎬で受けますが、自分で鎬を使っているつもりになっていても手の内の握りが少しでも強ければ刃で受けています。こつは掌で受けるような気持ちで受けることです。但し、受けるという言葉は使いますが、大石先生が「鎬を削らせて」という言葉を用いられたようにガツンと受けるわけではありません。工夫してください。
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  1. 2019/03/22(金) 21:25:00|
  2. 剣術 業

六尺棒 八本目 「はつか」

 澁川一流柔術の六尺棒表八本目は棒を投げる形です。海外の支部長で投げる理由が理解できていない方がおられましたので述べておきます。
 棒を投げるのは相手を取り押さえるためで、逃げる相手など間合いがあって棒が届かない場合に相手に向かって棒を投げて動きを制するために行います。絵図にあるように相手の足を止めることができます。澁川一流柔術にはこれを六尺棒ではなく手槍で行い、鎗を投げて逃げる者の両足の間、着物の裾を貫いて地面に槍先を突き立てることができるような人もいたという事です。師匠の畝先生のお話です。

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  1. 2019/03/21(木) 21:25:00|
  2. 柔術 業

下方を突く動き

 澁川一流柔術の半棒、三尺棒や六尺棒には倒れた受を発った状態から突き下ろす形があります。
 この突きは腕で突くのではなく自分緒体の重さを用いて突かなければなりません。そのためには鼠蹊部の緩みを用います。鼠径部が緩まない方は腕で突いてしまいますので、自分が腕で突いているとわかったら鼠径部を緩める工夫をしなければなりません。
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  1. 2019/03/20(水) 21:25:00|
  2. 柔術 業
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プロフィール

貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)

Author:貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)
無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術 貫汪館の道標へようこそ!
連絡先は貫汪館ホームページで御確認ください。

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