FC2ブログ

無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

そのレベルにない人には教えない

 稽古は積み重ねであり、早く教えてもかえって上達を阻害することになります。それは這い這いもできない赤ちゃんに立って走れといい、そのために無理やり立たせて練習をさせるようなものです。
 流派にはそれぞれのカリキュラムがあります。それは流祖以来工夫されてきたカリキュラムでこちらの形の方が楽しそうだから先にこちらを稽古してとか、こちらの形の方が現代に役立ちそうだから、この形は飛ばして教えてというように現代人が考えておこなうようなものではありません。上達のための方法論が形の体系の中にはあるのです。

DSC_3137a.jpg


  1. 2019/10/23(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

稽古相手をいたわりながら

 澁川一流柔術の稽古には形稽古であっても危険が伴います。自分をコントロールできない人が無理やり技を掛けようとしてしまえば、相手にそれが作用しているかどうかもわからず相手を怪我させてしまうのです。性格によってはそのような方もいますので、そのような方と稽古・指導するにはよほど言って聞かせたうえでなければ稽古すべきではありません。
 澁川一流柔術の師 畝重實先生が技をかけてくださるときには、痛いと思ったことは一度もなく、身動きが取れないと感じていました。
 
LRG__DSC8816a.jpg
  1. 2019/10/22(火) 21:25:00|
  2. 柔術 総論

下から

 「現代剣道は上から攻めるけれども居合は下から」と無雙神傳英信流抜刀兵法の師 梅本三男先生は教えられました。この意味は稽古の時にお話ししていますが澁川一流柔術もまた同じです。「下から」という意味をしっかり工夫して体得する稽古をしてください。

DSC_1638a.jpg
  1. 2019/10/21(月) 21:25:00|
  2. 居合 総論

時間はかかるもの

 現代武道の経験が何年あっても、他の流派の経験が何年あっても、自分にとって新しい流派を習得するには、それ相応の時間がかかります。
 たとえば居合であれば、自分にとっては、他の流派を15年も稽古しているのだから、この流派を5年稽古したら居合のキャリアは20年と錯覚してしまうかもしれませんが、5年は5年でしかありません。さらに全くの初心者にとっての5年は5年でありえても、無雙神傳英信流抜刀兵法で不可とすることを15年かけて身につけた方はそれを自分からなくす修行をしなければなりませんので、よほどの覚悟がなければ5年間は全く前に進めないかもしれません。その覚悟がなければ新たな流派の習得は難しいものです。

_DSC8737a.jpg
  1. 2019/10/20(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

批判を受ける

 私が日本武道学会に入会し、発表をする様になったのは、日本武道館に勤めておられた方のおかげです。それまでにも流派の活動に関して色々アドバイスを受けていましたが、私が広島藩の武道史についての調査をし、それをまとめていることをお話したら、
「批判を受なければ本当の研究とは言えない。」と日本武道学会への入会を勧めてくださいました。約20年ほど前のことです。それ以来日本武道学会での発表を毎年欠かさずに行っており、中四国支部会ができてからも3年目から発表を続けていますので、発表数は30近くになると思います。
 発表するにあたっては批判に耐えうるものにしなければなりませんし、そのためには先行研究や多くの1次史料を見つけ出さなければなりません。また、可能な場合は地域の研究者の方にお話をお伺いすることも大切です。
 研究を通じて大学の先生方に色々と教えをいただくことも出来ましたし、現在も教えを受けています。また、現在書籍となっていることも必ずしも定まったことではなく将来書き換えられる可能性があるという事も学ぶことができました。これは書籍やインターネットだけでは得られないことです。
 古武道を稽古する者が武道の歴史を知ることは自分が行っていることは何なのかをはっきりさせることに通じます。より深い稽古を行うもとになるのです。
 貫汪館で稽古される方も生活に少しでも余裕が出来たら、書籍から学ぶだけではなく自ら調査研究を行っていただきたいと思っています。

DSC_1935a.jpg
  1. 2019/10/19(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

「復元」表記はなくなる

 初めの内は復元しましたと言っていても、やがて復元と言わなくなって〇〇流とだけ名乗り、さらには数百年もその流派が連綿として続いていたかのように一般の人が誤解してしまう表記になり、復元流派に師範が生まれたり、宗家が生まれるようになってきます。ここ十数年でもそういう事が起こっています。何も知らない一般の方は簡単に騙されてしまいます。これからどういうことになるかわかりませんし、そのような流派が日本古武道振興会に加盟申請してくることがあるかもしれません。
 貫汪館で稽古する方はたとえ興味がある失われた流派の形の手順が記してあるものを見つけたとしても、少しでも疑われるような言動は慎まなければなりません。

DSC_1501a.jpg
  1. 2019/10/18(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

「知っている」ではなく「できる」

 世間一般の若い人たちの間ではSNSの存在のためか、知っていることで人の上に立とうとする自我が強い人が増えたように思います。しかし、貫汪館ではできないのに知っていると公言することは恥であると思わなければなりません。
 貫汪館の古武道に関しては知っているというのであればできなければなりませんし、できないのであれば、本当に知ったことにはなりません。「慎」という言葉の意味を知って行動しなくてはなりません。

DSC_2547a.jpg
  1. 2019/10/17(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

澁川一流柔術の稽古

 澁川一流柔術の形数はたくさんありますが、すべて同じところから発しています。また、基本となる相手に対処する動きもたくさんあるわけではありません。
 柔術の稽古は基本的に同じ形を捕と受が一回ずつ行い、次の形に進まなければなりません。もし、大きな間違いや自分自身が納得しきれないような動きがあった場合には、もう一度受にお願いすることはあっても、それ以上繰り返すことはかえって上達を妨げてしまいます。

DSC_1900a.jpg
  1. 2019/10/16(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

武道史の調査研究

 貫汪館で稽古する方は修業が進めば進むだけ自分自身で武道史の調査研究をしなければならないことになっています。もし長年稽古して居ているのに自分自身で何も調査研究していなければ、より深い理解は難しいと思います。
 まず、自分が住んでいる地域の博物館・文書館に行き、武道関係の江戸時代の古文書があるかどうかは簡単にできることですし、史料があることがわかれば、写真撮影などの方法は博物館・文書館でたずねればすぐにわかります。何も行動を起こしていなければ何もわからないのが当然です。行動するために武道の稽古をしていますから広い視野をもってまず身近なところから始めてください。
DSC_2034a.jpg

  1. 2019/10/15(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

書籍から得た知識で・・・

 自ら流派を立ち上げるのは別として、特定の流派を稽古しているにもかかわらず書籍から得た知識を良しとして、その書籍に書いてあることを目標にして稽古するのには大きな落とし穴があります。
 一つは他流派について書いてあるものは他流派を深く修行した人にしかわからないことがあるということです。自分がそうだと思ってみても、その流派の常識に基づいて記してありますので、その流派を稽古することなしには理解できないことが多くあります。
 一つには自分が稽古する流派のことであっても、今、自分が理解しているレベルでは理解できないこともあり、自分のレベルでしか解釈できないこともあります。私も無雙神傳英信流抜刀兵法について記しており、稽古する方には実費でお渡ししていますが、深い内容のことにまで言及しているので、この冊子だけに基づいて稽古するのは自分の勝手な思いに基づいて稽古する可能性が大きくあります。数年稽古して「あとは自分で」・・・という事は不可能です。 世間にはそのような方もおられるようですが、流派は名乗っていても、実際は自分の勝手な解釈に基づいて自己流でしかありません。
 師について稽古することは古武道の流派の稽古には不可欠です。
IMG_20190420_143249a.jpg


 
 
  1. 2019/10/14(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

ダブルスタンダード

 同じような種類で、なおかつ本質が異なる二つのことを同時に求めているときにはよほど器用な人でない限り、一方が他方に影響を与えてしまいます。たとえ自分では別々の価値観をもって行っていると考えていても、見える人から見れば他方の価値観が強い場合にはもう一方のことをその価値観に基づいてマネしているにすぎないと見えてしまいます。
 これまで貫汪館には他武道の経験がある方が何人も来られましたが、上達していく方ははじめはその武道の影響はあっても、自分自身でそれを打ち消して価値観をかえて稽古していかれるので、真似事ではなく貫汪館の流派になっていかれます。しかし、なかなか上達しない人は価値観を変えれないためにいつまでたっても真似事で、上達していかれません。他の武道を経験していて、貫汪館で稽古を始めたときには他の武道をやめていてもそのようなことが起こります。
 ましてや価値観が違う武道を同時並行して上手になっていこうとするのはよほど覚悟を決めて稽古しない限り不可能に近いものがあると思います。

DSC_2590a.jpg
  1. 2019/10/13(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

それらしく見せる

 古武道はいくらそれらしく見せても底の浅さは見える人には見えてしまうものです。素人にはそれらしく見せた方が受けるのですすが、その流派の教えにのっとって稽古を重ねた方にはどのように誤魔化そうと見透かされてしまいます。
 流派を名乗っていても、師について流派の教えに基づいて長年稽古してきたか、師に短期間しかつかず後は自分の価値観に基づいて稽古をしてきたのか、このようなことまで他流派のしっかり稽古を重ねた人にも見透かされてきます。それが伝統というものだと思います。
 本来は自分の想いに基づいて稽古するのは免許を得てからのはずですが、人に良く見られたいという意識が入った時にはそのようにはいかなくなるものです。

DSC_1753a.jpg
  1. 2019/10/12(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

間合

 大石神影流の特徴の一つは間合にあります。大石進種次が述べているように「試合稽古・防具着用稽古」において突技がなければ大切な間合がわかりにくく、間合を無視してただ打ち合うだけになる傾向が生まれます。
 手数の稽古においても同様でせっかくそのような特徴を備えている流派であっても間合を大切にしない稽古は武術ではなくたんなるパフォーマンスになってしまいます。特に打太刀を勤めるものは間合に厳格でなければなりません。
DSC_2232a.jpg

  1. 2019/10/11(金) 21:25:00|
  2. 剣術 総論

流派

 初心者の方の中には古武道も現代武道と同じように、居合は居合というカテゴリーでくくられるもの、柔術は柔術というカテゴリーでくくられるものと勘違いをしてしまい、マスコミに取り上げられた他流派の方のマネをしたい方もおられます。
 流派のない「『古』武術」という創作現代武道が存在し、広報の手段として『古』という漢字を冠せられているために勘違いが起こるのかもしれませんが、 現代武道と古武道には流派による個性があるか無いかという大きな違いがあります。流派が違えば、その流派で良しとするところはこの流派では良しとしないという事が起こります。そこを勘違いしてしまったままだと古武道を稽古するのは難しいかもしれません。

DSC_2509a.jpg
  1. 2019/10/10(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

 残念なことだとは思うのですが、小さな頃にいかに躾られたかで貫汪館の古武道を始めたときの上達のスピードに差があるのではないかと感じています。
 安いホテルやアパートに住んだ時に上の階の人がわざとしているのだろうと思えるくらいに音を立てて歩くことがありました。しかし、いつもそうなので、ひょっとしてこれはと思い当たりました。自分自身は自宅の中で物音をたてて歩く事に関しては小さな頃にしつけられており、なるべく音がたたないような歩き方を身につけていました。そのような躾を受けてない方は、普段から静かに歩くことができないのは当然なことだと思います。
 したがって、道場で歩き方の稽古を始めても、ほかの人よりもスタートが遅いのですから新たに身につけなければならないことがあるわけです。座り方にしても、物の持ち方運び方にしても同じです。そのような躾を受けたことがない方は新たに始めなければならないのです。
 一方江戸時代であれば、普段の動き方について稽古する前に当然であり、道場で稽古する前に身についていることが多かったであろうと思います。
 
DSC_2493a_20190705143738204.jpg
  1. 2019/10/09(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

間合いを会得させる

 指導者が絶対に行ってはならない事は間合いをいい加減にすることです。
 澁川一流柔術の履形の稽古で初心者だからと言って相手に当たらない所に拳を出したら、間違った間合で技をかける稽古を続けます。
大石神影流剣術や無雙神傳英信流抜刀兵法の太刀打等で相手がよけられないかもしれずに当たってしまうからと、当たらないところに太刀を出せば、仕太刀は間違った間合でさがり、かわし、むかえることになります。
 このような稽古を続けていれば、導かれる者は決して上達することがありません。もし心配であればゆっくり動けばよいだけのことです。大切な間合がわかる稽古をしなければなりません。
DSC_2740a.jpg
  1. 2019/10/08(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

気合

 これまでにも述べているように大石神影流剣術や澁川一流柔術の有声の気合は息に音がのり、無雙神傳英信流抜刀兵法の無声の気合は音を載せません。
 したがって、大石神影流剣術や澁川一流柔術で、気合もどきの、大きな声を出しているだけの方は無雙神傳英信流抜刀兵法の稽古においても正しく息をしていません。臍下丹田が使えていないのです。
 自分の気合を見直してください。
DSC_2569a.jpg
  1. 2019/10/07(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

子ども扱いしない

 指導をはじめて門人があるていど理解できるようになったら、初心者に対するような指導を行ってはなりません。いつまでも懇切丁寧に初心者に教えるように教えていたら育つ者も育たなくなってしまいます。
 赤ちゃんにスプーンを使って食べさせ、そのまま、難しいだろうからと大きくなっても箸を使わせなければいつまでたっても箸は使えるようにはなりません。育てるには年数に応じた育て方があるのです。
 理解が速い人に対しても同じことを繰り返し話していたら習う方も飽きてしまい、そのうち聞かなくなってしまいます。説明していたものが、単語だけ、さらには目線だけを用いて、習う方が気付いて修正できるようにしていき、やがて自分自身で直せるように育てて行く必要があります。
DSC_1265a.jpg
  1. 2019/10/06(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

奥居合後の大森流の稽古

 素抜き抜刀術の稽古は大森流、英信流表、英信流奥と続けて稽古しますが、順番を変えて英信流表、英信流奥、そして大森流と変則的に稽古すると、自分の至らぬところが見えてくる場合があります。
 奥居合でただ早く抜いていると、大森流もあらがめだつような居合になっており、無理無駄をなくしたのではなく、いい加減になっていることがわかります。大森流の居合がしっかりと身についていない事を意味しますし、奥居合も速く動けるわけではなくいい加減な端折った動きをしていることになります。

DSC_7768a.jpg
  1. 2019/10/05(土) 21:25:00|
  2. 居合 総論

責任をもつ

 武道を行うものは言動に責任を持たなければなりません。
 実際に行わず、本から得た知識だけでああでもないこうでもないという人は私達と異なったグループに属する人たちですので、その人たちと言動を共にすることは避けるべきです。実際に行わず、知識だけで物事を言う人たちには何らの責任もなく、間違っていても、それが自分に振り返って来ることはないのです。
 また、具体的な事例は控えますが、分かったことは確かな根拠がなくても人より先に言った方が良いのだと言ってはばからない方がいましたが、後から間違っていたことがわかっても絶対に間違っていたと言わず、なかったことにしていました。そのようないい加減なことであっても雑誌に載ったり書籍に載ったりすることがあります。そういう人物ですから自分が絶対で、自分が言う事はすべて正しいと信じていました。自分が知らないことはこの世に存在せず、自分だけが知っていると信じているらしいのです。
 しかし、私は三人の師匠から、自分の言動には責任を持つべきだと教わってきました。武とは生き方でもあり、人そのものでもあります。言動に責任を持てない人の武はそれなりのものでしかないと思います。
DSC_2529a.jpg

  1. 2019/10/04(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

後足を残す

 銃剣道の歴史に関して不思議なのは刺突したときに後足を残すのがフランス式であり、後足を引き付けるのが日本式で、後足を残すのは体をいつでも引けるので自分を守るため、あるいはフェンシングの影響で、いかにも西洋的な動きである。ということが言われます。現代剣道の武道史の教授にもそのように考えられる方がおられますが、古武道の実技を知らないから、そのような考えが生まれるのだと思います。
 現代剣道はすべて後足を引き付けますが、古武道には後足を引き付ける流派と、残す流派があります。無雙神傳英信流抜刀兵法は後足を残し、大石神影流剣術は後足を引き付けます。流派によってその考え方は異なるのです。無雙神傳英信流抜刀兵法はフランスに強い影響を受けた流派だと言う人がいたら、おかしい人としか思われません。
 銃剣道が後足を引き付けるようになったのは、おそらく当時行われていた剣道が足を引き付けていた影響であろうと考えます。槍術を経験した将校よりも防具着用の剣術の経験者の方が圧倒的に多かったと考えられます。また、着剣した銃の総長も時代とともに短くなっています。そのような影響を考慮せずに意見を述べるとおかしなことになると考えます。調査研究は十分にに行ったのち断言しなければおかしなことになります。

図は英国式です。
DSC08867a.jpg



  1. 2019/10/03(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

石仏

 無雙神傳英信流抜刀兵法の師 梅本三男先生は写真を撮られるのが趣味の一つで、よく私たちの居合の写真を撮ってくださっていました。タイミングの良い写真で自分自身で見ても絵になっているのですが、その写真の中から自分の未熟な部分をみつけ上達へとつなぐようにとの師の想いでした。
 写真が趣味であられたので、プロのカメラマンとの付き合いもあり、プロのカメラマンが先生の写真を撮られることもありました。そのカメラマンの方は石仏をとるのが好きなカメラマンのようでしたが、梅本先生が座られている姿が石仏のようだと評されたそうです。
 私たちはどうでしょうか。 

_DSC8781a.jpg
  1. 2019/10/02(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

歌マネ、モノマネ

 無雙神傳英信流抜刀兵法の師 梅本三男先生は歌マネ、モノマネを好まれませんでした。武道においては特に絶対に歌マネ、モノマネであってはならないと教えてくださいました。歌マネ、モノマネは癖をとったものであり、本質をとったものではないからです。
 先日、ボイストレーナーの方が歌マネ、モノマネについて書かれたものを読んでいると歌マネ、モノマネでは上達できない理由について、要約すると次のようにありました。

 あなたの好きな歌手の体と、あなたの体は違い、上手くなる為には、表面的な部分では無く、体の使い方や筋肉の動かし方など、生理的な部分を真似しないと上手くならない。

 師が教えてくださった本質を受け取らなければ上達をしないという事と同じです。
 とはいっても本質は何かと知ることもなしに自分は自分でいいんだと考えるのは間違いです。
DSC_2100a.jpg

  1. 2019/10/01(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

テキスト

 国際武道大学の立木先生に教えていただいた、船橋整形外科病院の菅谷先生が数多くの手術の経験から人体の肩の解剖図が間違っていることを発見されたという事について、船橋整形外科の理学療法士の方と話をしたことがあります。
 理学療法士の方はその発見のあとに理学療法士の施術の方法まで変わり、講習でもテキストをそのまま信じ込むことの危うさについての話があったと話されました。
 鵜呑みにすることの危うさの例の一つです。
DSC_2507a_20190523113638015.jpg
  1. 2019/09/30(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

段階を追った稽古

 無雙神傳英信流抜刀兵法、澁川一流柔術、大石神影流剣術にはすべて形の目録があり、初心者の段階から稽古していく順番が示されています。この目録に依ることなく初心の形を稽古して少し手順を覚えたら次にいきなり奥の形をしてみても全く効果はないどころか悪癖を身につけてしまうことになります。
 たとえば無雙神傳英信流であれば大森流をやっと覚えたばかりの初心者が詰合の稽古をしても英信流表の座法も身についておらず、虎一足もできないのですから、立膝で正対して右手で刀を引き抜いて手先で張りうけをする悪癖が身についてしまいます。一度身についた悪癖は、その何倍もの時間をかけなければなくなるものではありません。
 澁川一流柔術であれば、やっと込入くらいまで進んだ人が半棒や六尺棒の刀と棒を稽古したら臍下丹田を使う事もままならず、無駄な力を抜くこともできないのですから半棒や六尺棒を小手先で扱う悪癖が身につきます。無雙神傳英信流と同じように一度身についた悪癖は抜けません。
 大石神影流剣術もまた同様で試合口や陽之表を覚えた程度の人が二刀の稽古をしても手の内も出来ておらず、間合いも正確に撮れていなければ真似事にすぎません。ましてや、鞘之内・小太刀等は論外です。
 体験で行うなら1回にとどめ、複数回同じ形を体験で行う事は避けてください。
 はいはいもできない赤ちゃんを無理やり立たせて、無理やり走らせたらどうなるか。いうまでもありません。先を焦る人は必ず遅れてしまいます。
DSC_1413a.jpg
  1. 2019/09/29(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

鵜呑みにしない 2

 昨日、『武士の日本史』という本について述べましたが、この本にはほかにも?と思える記述があります。

 「首級をとるのは刀でなければならなかったからだ、というこの場合主に脇差のような短めの刀が使われたらしい。」

 これも誤解してしまうような文章です。多少、時代劇を見たことがある人なら、短刀ではなく1尺を超えた1尺5寸くらいの脇差を思い出すと思いますが、それでは長すぎ、短刀と書くべきだろうと思います。

 幕末の軍政改革について

  「これらの改革によって、まず、弓術・犬追物・柔術・水練といった従来型の武芸が廃れ、刀・鑓も戦力としての価値を失ってゆく。」

 とありますが、確かに弓術・犬追物・柔術・水練そして鑓(銃を持つと鑓はもてないため)はその稽古が藩によっては廃止されていいますが、剣は「接戦の要」として廃れることはなく稽古されました。「接戦の要」とは、当時の戦術では銃で打ち合い至近距離になると銃剣突撃を行う白兵戦で勝負が決し、白兵戦が西洋でも廃れていませんでした。武士は以前にも述べたように白兵戦では銃剣の代わりに刀を用いたので剣術は廃れなかったのです。これは私が武道学会で発表した斎藤弥九郎のの野試合にはっきりと表れています。

 ほかにも???の箇所がいくつかあります。

 〈常識〉VS.〈史実〉を本の帯に記した書籍でもこれですから、すべてを鵜呑みにして信じることは過ちを生んでしまいます。

DSC_1399a.jpg

  1. 2019/09/28(土) 21:25:00|
  2. 武道史

鵜呑みにしない

 専門家の書籍を鵜呑みにすることは時に間違った知識を身につけてしまうことがあります。『武士の日本史』という新書を読んだのですがその帯には〈常識〉VS.〈史実〉とあり、いかにも史実が記されているような印象があります。しかし間違いもありその部分を引用すると「竹刀の剣術はスポーツ」という項に
 
 「今日につながる竹刀競技は、近世後期、19世紀に始まる(図3-6)。身体の急所である面・小手・喉・胴を堅固な防具で覆い、そこを現在と同じ「四ツ割竹刀」で打突する「竹刀打込試合」が始まり、試合技法も変化した。刀では不可能な技もおこなわれるようになった。それは武の形をとっているが、安全を重視する競技でありスポーツである。たとえば、竹刀の標準的長さである柄ともに三尺八寸(115センチ)は、もし真剣であれば重く、とても竹刀の所作のように自由には扱えない。江戸時代の真剣は刃長二尺三寸(70センチ)以下に所持が規制された。

として北斎漫画図録の絵がのせてあります。
60848175_300713934211298_1027765079564615680_na.jpg

筆者は日本の中世史が専門で武道史は研究対象外だと思うのですが、この記述ではかえって読者にこの記述が真実だと思わせてしまいます。おそらく著者の頭には現代剣道の試合がまずあり、そこから幕末の試合を想像したのだと思います。

 1つ目は流派によって胴は用いられず、また用いていた流派であっても基本的に胴体を保護することが目的で、胴はあまり打っていなかったこと。絵にも防具の胴は描かれていません。
 2つ目は、この絵を見てもわかるのですが、竹刀は現在の竹刀と異なり、防具を着用しても長い間、袋撓が用いられていたので記されているように「現在と同じ「四ツ割竹刀」で打突する「竹刀打込試合」が始まり」というわけではなく、現代式の竹刀の使用は大石進種次を待たねばならなかったこと。北斎漫画を見てわかるように面垂には刺し子まで描かれていてかなり詳しく描かれていますが竹刀の絵には先革や中結っもなくのっぺりしています。これは袋撓だからです。文字数の制限で簡略に記述したのかもしれませんが、これが史実として受け入れられては著者の意図と反するでしょう。
 3つ目は「竹刀の標準的長さである柄ともに三尺八寸(115センチ)は、もし真剣であれば重く、とても竹刀の所作のように自由には扱えない。」という記述です。刀はバランスによって随分軽重の感覚が異なりますので、重くて扱えないというのは、現代居合道か現代剣道の竹刀の扱い方を見ただけの文章かと思います。用い方が異なれば扱えます。
 4つ目は、よく言われる俗説です。「江戸時代の真剣は刃長二尺三寸(70センチ)いかに所持が規制された。」  これはあくまで俗説にすぎません。広島藩では二尺八寸五分までの所持は許されていますし、久留米の加藤田平八郎は江戸に出たころは三尺の刀を腰にしていたようです。

 〈常識〉VS.〈史実〉をセールスポイントにした書籍であっても常識にとらわれています。書籍を鵜呑みにするのは禁物です。

DSC_1440a_201905211647169ad.jpg

 
  1. 2019/09/27(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

袴捌

 無雙神傳英信流抜刀兵法の袴捌は独特です。似たような袴捌をする流派を見たことはありますが極めて少数です。私達の演武を記録したビデオを見ると後方で嘲笑すらしている他流派の人さえいるくらいです。その人たちの行っている刀礼も、外での礼法と室内での礼法が組み合わさったような、かなり特異な礼法ではあるのですが・・・。
 この袴捌は稽古方法や座した時の袴の状態から見ると非常に意味のある袴捌ですので疎かに行っていたら動きの質を高める機会を失い下達にも通じかねません。
 まず袴の形状ですが博物館で江戸時代の袴、または江戸時代の柄に描かれている袴を見られると袴の股立は現在武道に使われている袴に比べて極端に下にあるのがわかると思います。スカートで言うと袴との上下の差はありますがスリットが長いという事になります。したがって無雙神傳英信流の袴捌は本来親指を股立の外に他の四指を股立の内に入れるのですが、現在の袴は股立が浅いため方便としてすべての指を袴の内に入れています。(最近私は稽古袴は改造して、股立の位置を提げ本来の袴捌ができるようにしています)
 両手を袴にかけたら体を緩めて下方に沈みかけたときに、袴を臍下丹田からのつらがりで両手で軽く持ち上げます。この時必ず体が沈む感覚を覚えてください。引き続き下体は方に沈みながら体の中心を開きその結果、両腕は開きます。この時、臍下丹田から指先までがつながっているようにしてください。また、焦って手首から先で袴を後方に投げるようにすることは絶対にしてはなりません。体を開いたら、沈む体に沿って両腕も静かに体側に下ろしていってください。
 これだけの動きですが、この動きで体のゆるみや丹田の感覚や抜き付けの動きを学んでいます。
 袴捌を疎かにすると、それだけ上達が遅れるので心して稽古してください。

_DSC8762a.jpg
  1. 2019/09/26(木) 21:25:00|
  2. 居合 総論

価値観

 アメリカの支部長から柔術を見学に来た人達がゆっくり静かに稽古をするのを見て、何故かを説明しても全く理解出来なかったと連絡してきました。アメリカで日本の柔術の門人を集めるのは難しいとも・・・。見学に来た人たちはおそらく、早く身につく実利的な格闘技のジュージュツのイメージをもって澁川一流柔術の稽古を見ていたと思いますので理解できなくても当然だと思いました。
 支部長には日本文化、禅や茶道、華道に興味を持つような人をターゲットとした門人の募集をした方がよいとアドバイスしました。

DSC_1860a.jpg

 
 
  1. 2019/09/25(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

過去を消すことから

 貫汪館で稽古を始める前にほかの武道をしていた方はまず、過去を消すことから始めなくてはなりません。特にほかの武道が他流派の居合や現代居合道、剣術や現代剣道、柔術あるいは柔道などの徒手の武道・格闘技をされていた方はなおさらです。
 すでに基礎はできていると無意識に思い込み、他の武道の基礎の上に無雙神傳英信流抜刀兵法や澁川一流柔術・大石神影流剣術を身につけようとしてしまうのです。そう思っていなくても多くの場合無意識にそのようになっています。したがって、稽古を始めたらまったくゼロから始めたつもりで変な癖はないか、おかしな動きをしていないかと常に自分を見つめていなければなりません。過去を消し去ってから本当の上達が始まります。
 私の場合はもう30年近くしていない現代剣道の癖が無雙神傳英信流抜刀兵法や大石神影流剣術にでることがあり、それを消し去るのに20年以上の努力を要しましたが、いまだにひょこりと顔を出すことがあり、そのたびに自分を見つめなおしています。

_DSC8650a.jpg


  1. 2019/09/24(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

天保10年および11年の江戸における大石進種次の動向について 13

7.大石進と伊庭軍兵衛
 伊庭軍兵衛との稽古の記録は天保10年9月3日に水野忠邦のもとで稽古をしたときに始まっており,天保11年2月13日には伊庭軍兵衛方で稽古をしている。また、年月は不明であるが,『徳島藩士武藤左膳宣旬の記録』にも水野忠邦の藩邸での7日の試合に大石進種次と伊庭軍兵衛は同席している。大石進種次と伊庭軍兵衛の間には何らかの親交があったものと考えられる。

Ⅵ おわりに
 天保11年から翌年にかけての大石進種次の動向についてみてきたが,大石進種次が試合において用いた突き技と胴切りの技は天保3年から4年にかけて江戸で試合をしたときに広がっただけでなく,天保10年から11年にかけて水野忠邦によって引き立てられることによっても広まっていったと考えられる。
 引き続き資料の調査を行っていきたい。

本発表に当っては次の方々に御指導とご協力を賜りました。
広島県立文書館 西村晃様
柳川古文書館の皆様
四万十郷土資料館の皆様
徳島県立文書館の皆様

 心より御礼申しあげます。

スライド27a
  1. 2019/09/23(月) 21:25:00|
  2. 武道史
次のページ

FC2カウンター


無料カウンター

プロフィール

貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)

Author:貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)
無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術 貫汪館の道標へようこそ!
連絡先は貫汪館ホームページで御確認ください。

カテゴリー

ブログ内検索

リンク

このブログをリンクに追加する

最近の記事

月別アーカイブ