無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

限界まで

 基本が身につき、自分の業も理にかなうようになった時には、体を壊さない範囲で、ある程度の限界まで稽古してみることも必要になります。
 これは数稽古―居合であれば500本1000本と抜いたり、柔術であれば体を壊さない範囲で形稽古を繰り返したり、剣術であれば同じく形の稽古を繰り返したり、長時間防具を着用したりする稽古です
 また、時間がない中で演武会に繰り返して出たり、必ず毎日特定の稽古をしたりすることもこれに当てはまります。前者は肉体的な限界であり、後者は精神的な限界ということが言えるかもしれません。
 自分はここまでという思い込みを壊す稽古をすることが、後の稽古にとって大切です。

DSC_3769a.jpg

  1. 2017/04/30(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

一生懸命にならない

 人によって一生懸命になる状態は様々ですが、一生懸命になった状態のときには前を向いて心をそちらのみに向けて、したがって体もそちらのみにむいている方が多いように思います。
 一生懸命勉強するとか一生懸命単純作業をする場合にはこれでもよいのですが武道の稽古では心身を鎮め心は広く持ち、たとえ形稽古であっても自由であることが求められます。武道の稽古で一生懸命に稽古するとはそのような方向性なのだと考えてください。

DSC_3763a.jpg
  1. 2017/04/29(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

 澁川一流柔術では初心者には当の方は教えず(省略し)、しばらく稽古が進んでから教えます。これは昔からの教え方であり、理由は様々にあると思います。
 当の形は当単独で終わるものもありますし、形の途中、あるいは形のはじめに当が来る場合もあります。
いずれにしても澁川一流柔術では当て体を硬め動きを止めるということはありません。体と心を止めてしまえば、そこは隙になってしまうからです。一瞬でも心身が止ってしまえば、あるいは止めてしまえば自ら斬ってもらうための動きをしていることになります。

DSC_3777a.jpg

  1. 2017/04/28(金) 21:25:00|
  2. 柔術 業

信じることから始まる

 「手の内は真綿に針を含んだものを持つ心で」「柄手は握らず添えるだけ」「鞘手は力を入れず後方に送るだけ」と指導しても「力を入れなければ刀は落ちてしまう」と考え自分が安心できる方法をとっていれば、流派の動きにはなっていきません。
 誰でもはじめは力を入れなければと考えてしまいますが、無雙神傳英信流抜刀兵法の師は私が初心者の時に「柄が手から抜け出ていってもよいと思って抜付けなさい。」と教えられました。私が躊躇しながら抜付けの稽古をしていると、さらに「抜け出ると自分で感じても絶対に抜け出ることはないから。抜け出てもよいから。」と話してくださいました。

DSC_3730a.jpg

  1. 2017/04/27(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

間違った情報

 海外の支部長が、時に日本の古武道や刀剣について質問してくることがあります。その多くがいい加減に海外に発信されたもので、それを正す必要があります。またいい加減に発信されたものほど意図的に外国人受けするような情報になっていますので、それを信じてしまうようです。さすがに貫汪館の海外の支部長は「おかしい」と感じて質問してくるのですが、困ったものです。

DSC_3716a.jpg
  1. 2017/04/26(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

修行

 理論もわかり、実際にどう動くべきかもわかっているのに自分の理想どおりに体が動かない。
 無雙神傳英信流・澁川一流・大石神影流ともに最大限の筋力や瞬発力を用いる動きはなくむしろできるだけそれらを使わない動きを目指していますので、体が動かないのは体育的な意味で動かないわけではありません。全ては自分の心が邪魔をしているのです。打とう、突こうという思いが体の動きを乱しています。自分の心を自分で制御し、体が動くようにしますのでその過程が修業になります。

DSC_3750a.jpg
  1. 2017/04/25(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

大切なところ

 初心者の方の中には形の手順を覚えることにばかりに気持ちがいき、大切な基本を指導されても、とりあえず、それを置いておきうわべの手順の身を繰り返す形もおられますが、これは完全な間違いです。
 小手先の動きを繰り返して手順を短期間で覚えたとしても、それは砂上の楼閣であるため何の意味も持もたないどころか、悪癖を身につけてしまうため、かえって上達から遠ざかってしまいます。たとえ時間はかかったとしても基本を身につけることが先で、手順は何度も繰り返しているうちにいつか体が覚えると覚悟して稽古した方が速やかに上達します。

DSC_3743a.jpg
  1. 2017/04/24(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

柔術の間

 澁川一流柔術の基本である履形の形は前に出て受の手首を抑えるか、斜めに出て相手の受の手首を返に取る形がほとんどです。
 返に取る場合は相手をかわしながら斜めに入るので受けの動きにやや遅れて出ても間に合いますが、まっすぐに踏み出して受の手首を取るのは受が未発であり動きの頭を取るという意味があります。突いてきたのを取るわけではありませんので、毎回そのような意識で稽古してください。また、受けに立つ人は稽古ですから捕が心身ともしずまっていないのに突いて行くことはしないでください。捕の動きは遅れてしまい、形の稽古はなりたたなくなります。

DSC_3741a.jpg
  1. 2017/04/23(日) 21:25:00|
  2. 柔術 業

半棒裏 突き

 半棒表は打ち、半棒裏は突きます。この動作が大きな違いですが、裏の突きは左掌を広げ相手に向け突きます。打太刀は半棒の動きを知っているので棒を払う動きができ次に続きますが、突きの動きは速いので実際にはこれで打太刀の動きを制します。
 左掌を広げ相手に向ける動きは重要なところですので木刀に払われまいとして左手で棒を握ることがないよう心掛けてください。

DSC_3898a.jpg

  1. 2017/04/22(土) 21:25:00|
  2. 柔術 業

四留

 澁川一流柔術の稽古は離れたところから行う「履形」「吉掛」、相手が胸襟をつかんでくる「込入」、懐剣で打ち込んでくる「打込」「両懐剣」、それを短い棒で制する「互棒」があり、その次に「四留」があります。
 「四留」は受が自分の両手首をつかむので、受を一番感じることができる形です。稽古で受の手を外そうとばかり考えている方は真の上達がありませんので次に述べることをよく理解してください。
 自分の臍下丹田から指先までは必ずつながっているという前提ですが、受が自分の手首をとったら受の手の内を通じて受の臍下丹田までを感じてください。その上で技は受の手を外すのではなくまた受の手首に掛けるのでもなく、受の臍下丹田を崩すところから始まります。また、技は手首に掛けていっても受の手首を通じて受の臍下丹田に欠けるように心がけてください。このような稽古を重ねていけば、これまで稽古してきた形の質が良くなっていきます。

DSC_3880a.jpg
  1. 2017/04/21(金) 21:25:00|
  2. 柔術 業

無念無想

 心の状態は宗教的な無念無想に至らなくても術の上での無念無想を求めてください。
 はじめから斬ろう、打とう、突こうと思い行えば必ず自分の心身にひずみが生じ、自ら隙を作ることになります。無念無想の状態に相手の斬ろう、打とう、突こうという思いと動きが作用するので、感応してそこから動きが始まります。双方に斬ろう、打とう、突こうという思いがなければ動きは起こりません。初めから双方が斬ろう、打とう、突こうという思いをもてばいわゆる修行にはならず、たんなる闘争の術に終わります。

DSC_3538a.jpg
  1. 2017/04/20(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

履物を揃える

 私が十代から三十代ころまでのお話しです。
 居合の稽古をするのに公民館をお借りして先生と弟子で一緒に抜く稽古をする日が週に一度ありました。お話ししているように先生の道場は狭かったためそのような稽古をする余裕はありませんでした。
 稽古ができる板の間のホールの外にソファーがあり、そこは土足で稽古の前には先生がそこに座られお話をされるのをみんなで聞いていました。ホール内は夏は暑く、冬は寒く空調のあるホール外の方が快適であったからです。
 稽古の時間になると先生はホールの入り口に履物を脱いではいられます。他の方はそれぞれ離れたところにある下足箱に履物を入れてはいられました。先生の履物を下足箱に入れるのが私の役割で、稽古後には素早く動いて先生の履物をホールの入り口に揃え、余裕があれば兄弟子(私は子供のころから先生の弟子だったので兄弟子はほとんどいませんでしたが)や私より年齢の高い方の履物を揃えていました。
 これは先生が体調を崩され、稽古に来ていただけなくなるまで続けました。

DSC_3543a.jpg

  1. 2017/04/19(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

位置

 大石神影流、無雙神傳英信流、澁川一流ともに相手が斬り込んできた場合に自分がどこに位置するかが重要なポイントとなります。
 澁川一流柔術の「打込」稽古では前に出て相手の起こりを捕るか、左右斜めに出て相手の打込みをかわすかの二通りの動きをします。打込みをかわす動きをしなければならないときに、相手の手を取ることばかりに意識がいき、体をかわしていなければ実際には大きなダメージを負ってしまいます。形稽古である故に相手が強く打込むのをやめているだけですので勘違いせず稽古してください。

DSC_3425a_201703222200025cb.jpg

  1. 2017/04/18(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

伝える

 兄弟子になって、あるいは支部を開いて指導するとき、自分が習ったことを(自分が理解できたところだけを)単純化して教えてはなりません。自分が理解できなかったけれど伝えられたこと、自分が理解できなかったけれど教えられたことをすべて伝えていかなければなりません。
 これまでの経験からプライドが高い方の中には、自分が理解できていないことを知られたくないために、あたかもこれがすべてであるかのように自分が単純化したことを教える方もありますが、それでは伝わるものも伝わりません。すべて伝えていかなければなりません。自分がわからなかったところを自分が教えた者がわかることは喜びとしなければなりません。

DSC_3497a.jpg

  1. 2017/04/17(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

焦らない

 仕事の後に稽古に来られる方が大半であるため、まじめな方ほど少しでも早く稽古に行こうと、自動車を焦って運転されることがあります。少しでも早くと思う心は大切ですが焦りが道場の中での稽古を阻害することがあります。
 思いを変えて道場に行こうとした時点で稽古が始まっていると考え、自動車を運転していても心を鎮めて周囲に気を配り安全運転に心掛け、道場についた時には心身ともに落ち着いているという状態であればたとえ道場での稽古時間は短くなっても、実際に体を動かす稽古の質はよいものになります。

DSC_3488a.jpg

  1. 2017/04/16(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論
次のページ

FC2カウンター


無料カウンター

プロフィール

貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)

Author:貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)
無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術 貫汪館の道標へようこそ!

カテゴリー

ブログ内検索

リンク

このブログをリンクに追加する

最近の記事

月別アーカイブ