無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

上達するために 9

 刀・木刀を持って振るようになっても、柔術で素手で相手の手首を取るようになっても、これまでの動きは変わりません。形の稽古に入って、これまでの積み重ねがなくなってしまうのは、刀・木刀・対する相手に心が奪われて自分をなくしてしまうからです。自分を失って刀や木刀を振っても、相手の手首を取ってもそれでは真の上達はありません。たとえ外形・手順ができるようになったとしても基礎、基本に基づいたものではありませんので、流派の上での上達ではなく自分が作り上げたものに自己満足しているにすぎません。
 これ以前の積み重ねができている方は、その積み重ねを大切にして上達してください。

 拍手でご連絡いただいた「加藤田 八姉 」様、申し訳ありませんがkanou_kan_morimoto@yahoo.co.jpにご連絡ください。拍手への返信ができません。



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  1. 2018/06/20(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

上達するために 8

 これまでの積み重ねで、立つところまで行けたら次は歩むことができなければなりません。歩み始めたときにこれまでの積み重ねを捨ててしまい、床を蹴って鼠径部を伸ばして歩んでしまうとこれまでの稽古は無になってしまいます。基礎基本はそのまま応用でなければなりません。鼠径部は緩み臍下丹田で呼吸したまま歩まねばなりません。膝にも負担がかからず、あたかも自分の体重が軽くなったかと思われるまま移動します。
 できなければ再び座って感覚を思い出し稽古を重ねてください。積み重ねることが上達の道を開きます。

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  1. 2018/06/19(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

上達するために 7

 いくら座る稽古をしていても、立った状態で突っ立ってしまったら何を稽古してきたかわかりません。座った状態は体を床に預けていますので脚力を用いることはなく、立った状態もそのままでなければなりません。そのために立ち上がる際の留意点を述べました。
 前に進むとき後ろに下がるときにも両鼠蹊部が緩んでいなければ下半身に上半身が載って動くことはなく、上半身中心の動きになってしまいます。立って移動するとき、止まった時に下半身が正座をしている時と同じ状態に感じるまで稽古してください。

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  1. 2018/06/18(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

上達するために 6

 立ち上がるとき、床を蹴ってしっかり立とうとして体重を前足にかけて立ってしまうと、鼠蹊部は伸びてしまい、座姿勢と立姿勢がつながりません。
 立つときには両鼠径部が十分に緩んだままで立たなければなりません。そのためには足を前に出す時に後足の鼠径部が十分に緩んだままかどうか、立ち上がる最中にも鼠径部が緩んでいるかどうかを確認してください。立姿勢が不十分な方はたいていこの時点で床を蹴って立ち上がるので、鼠径部のゆるみはなくなっています。

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  1. 2018/06/17(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

上達するために 5

 刀礼、神前の礼、師に対する礼、兄弟子に対する礼、すべての礼で心構えが異なります。礼の外形を覚えてただ物真似のように礼をしていたらかえって失礼になることがあります。
 どういう心で相手に礼をするのかというものがあれば、形の稽古においても相関関係が理解できるはずです。逆に言えば礼がただ形式である方は形の稽古に入っても対人関係としての形は理解できず、特に素抜き抜刀術では仮想の敵と何ら関係なく、据物の仮想敵を自分緒勝手な動きで斬っているだけになります。礼を大切にする方は、形稽古にすみやかに入っていけます。

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  1. 2018/06/16(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

上達するために 4

 背筋を伸ばし極端に胸を張っているとなかなか臍下の呼吸はできなくなってしまいますが、正しく座れれば呼吸は比較的簡単になります。
 鼠径部が緩み臀部が両脚の間に沈むように感じる座り方をすれば、臍下の呼吸は可能になります。これを基準として立ち姿においても座した状態と同じように呼吸ができるかどうかが、自分の動きを判断する基準となります。

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  1. 2018/06/15(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

上達するために 3

 無雙神傳英信流抜刀兵法は座るとことから始まります。大石神影流剣術では正座する動作も立膝もありません。澁川一流柔術では正座から始まる形はだいぶ先になって出てきます。
 しかし、江戸時代の人たちは畳で生活していましたので、すべて座ることができる、つまり下半身の上に上半身を無理なく置くことができたと考えられます。長時間正座をする方にはわかると思いますが、疲れないためには下半身は緩んでおく必要があります。
 この基礎の上にそれぞれの流派があります。正座のありようは常に指導していますので、正しく正座ができるようになれば、それを基準としてそれぞれの流派の業は大きく上達します。

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  1. 2018/06/14(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

上達するために 2

 他流派をあるいは現代武道を習ったことがある方は、必ずそれらを忘れてください。流派が違えば考え方も異なり上達の方法論も異なります。自分には基礎があるという思いがあれば何も身につけることはできません。
 例えば正座ですが、L型金具のように直角に上体を保つ流派を習った方が自分は正座ができると考えていれば無雙神傳英信流抜刀兵法には最初から躓いています。無雙神傳英信流では物体として安定する自然な状態から動きますので、少し前がかったように感じます。それを以前習った事を基準としてしまえば最初から習得を妨げていることになります。

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  1. 2018/06/13(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

上達するために 1

 貫汪館の武道に上達するために絶対に必要となることを述べていきます。常に同じところを指導されている方は必ず自分のものとして消化してください。初めに稽古に臨む心構えから述べます。
 稽古は毎回、自分は初めて習うのだという気持ちで臨み、常に白紙であってください。わかったつもりでいれば、何を習っても素直にありのままにそれが心に入ってくることはありません。常に白紙であるからこそ、自分の至らぬところが見えてきます。見えてこそ初めて上達の道が開かれます。

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  1. 2018/06/12(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

気が利かない

 どこに立つのか、どこに座ればよいのか、日常生活の中でも常に回りの状況に心を配り適切な行動をしなければなりません。疲れ果てているときは無理かもしれませんが、人の邪魔になる立ち位置であったり、人にぶつかってしまったりすることは極力避けなければなりません。また、他の人が何をしようとしているのかを察して位置を変える、道を開けるという事も武道を稽古している者には当たり前のこととして求められます。
 一般の世界では「気が利かないやつ」でよいのですが、武道の場合には、そのような気が利かない状態では実際に何かあれば斬られてしまいます。
 気が利かないと言われたことがある人は自分自身の稽古を見直さなければなりません。

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  1. 2018/06/11(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

不安

 邪魔になるにもかかわらず、同じ道場の人が置いたすぐそばに物を置きたがる方は不安があるのです。幕末の西洋兵学の本にも記されていますが弱い兵は群れて近くに密集したがり、強い兵は散開出来ると記されています。
 つまり、そのような状態にある方はまだまだ武道で養うべき「一人で立つ」ことができていません。武道は最後は己一人です。「一人で立つ」覚悟を養ってください。

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  1. 2018/06/10(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

形式だけの挨拶

 言葉は丁寧でいかにも奥ゆかしいのですが、そこに心がこもらない挨拶は、かえって無礼に聞こえてしまいます。また、パターンを覚えているだけですので、その中にない状況になってしまうと、この状況でその言葉はないだろうという言葉を選んでしまいます。
 武道の形も同じで、パターンとして形を覚えていると、本来自由になるために稽古しているのに、そのパターンでしか動けない不自由な体を作ってしまうことになります。挨拶をそのようにしている方は、自分の形稽古を見直さなければなりません。

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  1. 2018/06/09(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

眼で見る癖

 見とり稽古は形の手順を覚えていない初心者は別として、ある程度稽古をした方は内側を見て取らなければなりません。ところがいつまでたっても初心者の時のように内面を感じとろうとせず、表面の角度や位置ばかりを眼で一生懸命見ていては何も会得することができません。
 貫汪館の三つの流派は全て内側を高めることによって外側が出来ていきます。

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  1. 2018/06/08(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

蹴る癖

 半棒・居合/剣術全て打ち込むときに後足の踵が浮いてしまうのは上半身で打ち込みまた蹴る力を用いています。そうしていないつもりの方に打ち込ませた状態のまま動きを止めて力みをなくさせれば気づくのですが、動き始めればまた、元に戻ってしまいます。
 何度も何度も指導して何度も何度も繰り返すのは、自分の価値観がそこにあり、流派の教えよりも大切であるか、指導されたことが全く理解できていないのです。上達しようとすれば自分の価値観を捨てて深く求めなければなりません。

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  1. 2018/06/07(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

正対する癖

 半棒は左足前で打ち込む形が多いのが特徴です。常日頃から現代剣道や現代居合道の癖が抜けない方は半棒で左足前にして打ち込むと必ず後足の踵が大きく浮いてしまいます。半棒はわかりやすい例ですが、このような癖がある方は、居合で抜き付けても、剣術で中段に構えても正対しています。
 心して常に直そうとしなければ体に刻まれたものを正すことはできません。

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  1. 2018/06/06(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

感謝

 海外の門人は感謝の念が強いと感じます。日本人ではないのにこんなことまで教えてもらっていいのかという表現をすることもあります。知らないことを教えていただくのは有難いことなのだという、「有難い」という言葉の文字通りに感じているのだと思います。
 日本人は学校教育ですべて朝から晩までほぼ無料で学んできたので、いつでも何度でも教えてもらえるという無意識の意識が感謝の思いをなくさせているのかもしれません。真剣に習得しようとするからこそ感謝の思いが生まれるのでしょう。

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  1. 2018/06/05(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

体を使う

 今の時代ことさらに山に入って薪を切るとか何かの体を使う作業をするセミナーがあり、そんなことは皆経験しているだろうに、よくあんなセミナーに大金を出すなあと感じていたら日本人は経験していないのだとわかりました。
 海外の門人は体を使った作業をしているので、この方が合理的で楽だという事が理解できます。一方日本人は体を使った経験がない人が多くなり、体を使った作業の経験がないため、合理的な無理無駄のない方法を示しても表面しか理解できないのです。月に一回とか、半年に一回の経験ではどうにもなりません。
 毎日風呂を沸かすために薪割をしたり、重いものを運んだりしなくなった多くの日本人が体をなくしたのだと思います。

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  1. 2018/06/04(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

見る

 海外の門人の方がよく見ています。これは日本の学校教育の弊害だと思いますが、日本人は一度きりという覚悟で見ていません。わからなければ何度でも教えてもらえるという環境で育っています。いつでも又見れるという安易な思いのもとで見ているのです。
 一つも見落とすまいという思いがないので、見えない位置にいても平気でいます。何度でも見ることができるという思いのもとでは何度見ても見えてはきません。一度きりという覚悟で見る必要があります。

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  1. 2018/06/03(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

先入観

 海外の門人に先入観がないかと言えばそうではありません。海外にも日本や武道に関する信頼できない情報が沢山あり、それがまことしやかに語られるからです。
 一方日本では正しい知識や情報を得ようと努力すれば得ることができます。貫汪館で稽古される日本の皆さんは少なくてもある程度の選択をして稽古する流派を選ばれているはずです。
 それでも間違った方向に稽古するのは先入観が強すぎるからなのです。力を入れないと言ってもふにゃふにゃになることではありませんし、逆に腕力を用いずにと言っても、力いっぱい振ろうとするのは自分がこれが正しいという先入観を持っているからです。強い先入観があればあるほど、素直に物事を観ることができなくなってしまいます。まずは、自分が持っている先入観を消すことから稽古を始めなければなりません。

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  1. 2018/06/02(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

素直さ

 1月の講習会、4月の講習会には海外支部から支部長や門人が稽古に来ました。日本人よりも海外支部の門人の方が同じ時間教えてもはるかに上達します。そのなかで感じたことを記していきます。
 基本的に素直であることが彼らの特徴です。指導されたことを素直にそのまま習得しようとします。それに対して日本人の多くが、なぜそうなるのと思えるほどに、自分なりに習得しようとします。流派には流派のコアがあり、それを習得して、外にあらわれるものが異なるのは個性ですが、コアを自分なりのものに変えてしまえばそれは同じ流派ではなくなってしまいます。

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  1. 2018/06/01(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

腕の重さ

 刀を用いるにも素手で技をかけるにも腕の重さを用いるのか、腕力で刀を振り、腕力で技をかけるのかでは大きな違いがあります。
 試みに相手に力を抜いてもらい、ダランとしている腕を持ち上げてみてください。力を抜いていれば腕は肩・広背筋につながっていますので相当に重いことを感じられるはずです。その重さを用いてください。

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  1. 2018/05/31(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

なくなる

 幕末の藩政改革や廃藩置県で各藩の多くの武術師範が武術を教えることをやめています。それは幕末に西洋砲術が取り入れられ槍を無用の長物として槍の教授や、弓の教授を廃止したこともありますし、廃藩置県で武術を教えていれば禄をもらうことができ、食べることができていた人たちが失業したことにも原因があります。実用的価値がなくなってしまったのです。
 西南戦争などで、白兵戦における剣術の実用性が再認識され、また日露戦争後には嘉納治五郎自身が白兵戦のための柔道を意識していますが、実際は機関銃の発達とともに戦いは白兵戦の強さによらなくなり、銃剣道(術)も試合技術は向上していっても陸軍の『剣術教範』の記述は簡略化されていきます。戦闘における銃剣による白兵戦の比重が軽くなったからです。
 そのなかで柔道・剣道は思想はともかく競技としての側面に重点を置き、選手権があり、銃剣道も追随しています。このような流れの中で所謂古武道流派の数は少なくなっているのが現状(新たに作られた古武道は別として)です。
 私たちは私たちの流派の現代における存在意義を各自がしっかりともっていなければ、流派が消え去るのが遠い先のことではないという危機感を持っていなければなりません。

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  1. 2018/05/30(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

座る

 居合の稽古で座ることができるようになった方は、動き始めや動きの最中、動かぬところ、動きが終わったところすべてが座った時の体の状態が同じかどうかを確認してください。
 異なるところは体の力み、心の力みがあるところです。座ることができる方は自分の中に自分の師がいますので、師に従うよう心掛けてください。

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  1. 2018/05/29(火) 21:25:00|
  2. 居合 業

何が学べるか

 無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術はいずれも江戸時代に成立した武術です。したがって、実際の戦いの技法、護身の技法であるのは当然のことですが、江戸時代に戦いの術であった武術は戦い・護身の技法を稽古しながら同時に修養としての存在となっていました。
 一般には柔術が柔道と呼ばれ、剣術が剣道と呼ばれるようになってから心の修養が行われるようになったのだとされますが、大きな間違いで各流派の武道の伝書を少しでも学べば、江戸時代に武術がすでにたんなる闘争の術ではなくなっていることを知ることができると思います。

 では私たちが稽古している流派から護身の術以外に学べるものは何なのでしょうか。次回から少し考察していきたいと思います。

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  1. 2018/05/28(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

痛い、怖い

 武道の負のイメージに「痛い、怖い」があります。主に競技中心の現代武道のイメージであり、私たちが稽古している無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術には当てはまらないのですが、このイメージは変わらないようです。

 無雙神傳英信流抜刀兵法は形稽古のみであり二人で組んで行う太刀打、詰合、大小詰、大小立詰は繊細で柔らかな稽古をしなければ業が身に付きません。また、有声の気合いもかけませんのでむしろ、「静か、おとなしい、落ち着いている」というイメージかと思います。

 大石神影流剣術の手数の稽古も同様で有声の気合いを掛けますが、動きは無雙神傳英信流抜刀兵法と同じく「ゆっくり、静かに、無理無駄なく」というイメージだと思います。防具着用稽古においても初代大石進種次先生は力も強く長身でありながら、試合において打突後に相手にダメージが残るという遣い方は一切されていませんし、現代剣道のように動き回ることはなく二人が対峙しても静かな時間が流れていきます。

 澁川一流柔術においてもしかりです。有声の気合いを掛けますが、動きは本質的に無雙神傳英信流抜刀兵法と同じで「ゆっくり、静かに、無理無駄なく」ですので、「痛い、怖い」は全くあてはまりません。

 このような私たちが稽古している流派のイメージをどのように広めていくかも大きな課題です。一般の方の私たちの流派に対する見ない前からのイメージを変えていく必要があります。

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  1. 2018/05/27(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

伝統とは

 滋賀大学大学院教育学研究科論文の「中学校における武道教育の方向性を探る― 武道の特性を生かす剣道授業について―」(大橋則子)の一部に次のようにあります。「武道は,日本人にとって精神性を重んじる一面があり,遊びやスポーツとして捉えるには違和感がある。しかし,戦後の教育の中で軍国主義教育の象徴であるように言われ,民主主義を進めていく教育には適当ではないとされていた。これは,武道にとってマイナスイメージを強化するものであり,武道関係者やその団体に大きな打撃を与えたであろう。それらの人々の多くは,表面的には時代の流れに逆らわず適応してきたが,武道は遊びやスポーツではないとする考えは常に根底にあったと思われる。今日,武道は必修化され日本固有の文化として,その伝統性を学ぶものと位置づけられた。それは,あくまでも学習指導要領にある「国際社会の中の日本人として重要」とする理由からである。

 「武道は必修化され日本固有の文化として,その伝統性を学ぶものと位置づけられた。」の部分に着目すると学習指導要領に挙げられている武道は全て現代武道ですので、日本固有の文化伝統は明治維新以降の競技化が進んだ武道ということになります。一般の方の武道のイメージは、ここから大きく外れることはないでしょう。江戸時代に起源がある古武道は現代武道のあり方とは異なるあり方をしていますが、これを一般の方に理解していただくのは難しいと思っています。
 どうすれば理解いただけるのか、大きな課題です。

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  1. 2018/05/26(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

何を学ぶか

 貫汪館では無雙神傳英信流抜刀兵法、澁川一流柔術、大石神影流剣術を稽古しています。学んでいるものは形・手数・さらに防具着用稽古や意治稽古を通じて、その中にあるものです。代々の宗家や師範が伝えてきた内在するものなのです。
 内にあるものを学ぶために形・手数・さらに防具着用稽古や意治稽古があり、それを受け継いで稽古していくからこそ外側にある形や手数を正しく受け継いでいくことができます。外側だけを身につけようとすれば、外にある形や手数も正しく受け継いでいくことはできません。

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  1. 2018/05/25(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

中心の向きが変われば

 澁川一流柔術の稽古で頭においておかなければならないのは体の中心の向きが変われば手の位置もそれに伴って変わるということです。したがって中心の向きが変わればその方向に相手を導くことができます。しかし、手先で相手をコントロールしようとすると体の中心の向きは変化していませんので最後まで手先で相手をコントロールすることになり、自分の重さを用いることもできませんし、自分の腕の重さすら相手に作用することもなくなります。

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  1. 2018/05/24(木) 21:25:00|
  2. 柔術 業

自分自身が見えてくる

 心と体はつながっており、切り離して考えることはできません。初心の内は手順を追うことに精いっぱいで、なかなかそれに気づかないのですが、形・手数の稽古を重ねているうちに余裕が生まれ、気付くようになってきます。
 焦ったために手わざになった。強くと思い腕力を用いた。速くと思い重心が浮いた。等々気づきは様々ですが心と体がつながっていることに気づきます。気付いたらあとは心を鎮めて稽古することによって動きが変わってくることがわかるとおもいます。

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  1. 2018/05/23(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

無雙神傳英信流抜刀兵法と澁川一流柔術の共通性

 無雙神傳英信流抜刀兵法と澁川一流柔術を深く求めて稽古している方は、その動きの中に深いところでの共通性を見出すことができるようです。
 共通性を見出した方はその時からどちらの稽古をしていても双方向に良い影響があり、どちらを稽古しても他方も上達することが理解できるようになるはずです。

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  1. 2018/05/22(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

上半身中心の振り方になると

 無雙神傳英信流抜刀兵法では初発刀、左刀、右刀、横雲、前後詰、両詰、四角などの形の斬撃は後方の膝が斬撃のたびに前に進むということはありません。
 考えられる原因としては上半身で少し遠くを斬ろうとするために上半身の動きに下半身がとれられていることが考えられます。自分の動きを確かめて上達してください。

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  1. 2018/05/21(月) 21:25:00|
  2. 居合 業
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貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)

Author:貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)
無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術 貫汪館の道標へようこそ!
連絡先は貫汪館ホームページで御確認ください。

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