無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

若菜主計

 『よしの冊子』の若菜主計の話です。

 青山やまぎしにいる若菜主計という浪人は名高い剣術遣いのようだ。顔より全身に古傷がある。いたって荒々しい流派で人々はこの若菜主計を恐れているそうだ。青山のあたりでも主計と言えば皆恐ろしがっている。けんかなどがあれば抜き身をとるので主計を頼みに行った。先年の米屋騒ぎ(打ちこわし?)の時に主計が出ていくと数十人の人たちはすぐにその場を引き払った。

 この若菜主計がはじめた太平真鏡流は、幕末までの伝承はないようですが広島藩でも行われていました。若菜主計は随分と荒武者であったような感じを受けます。

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  1. 2018/04/22(日) 21:25:00|
  2. 武道史

あて身

『よしの冊子』に次のようにあります。

 鈴木清兵衛が松内蔵侯へ行き柔術を稽古したところ、鈴木は大いに負けて困ったという。ただし清兵衛も相手が諸侯でなければ当身で勝てたであろうが、諸侯であるためそのような失礼も出来なかったのであろう。

 本当の話かどうか分かりませんが、先の鈴木清兵衛の話と言い、どうも大身には分が悪いようです。身分が高い者には勝ちを譲っていたのでしょうか。
 この当時はどのような乱取りをしていたのかわかりませんが、当身をしなければ現在のような乱取りであったのでしょうか。ある程度のルールがあれば、この当時からすでに競技化が始まっているようにも感じます。

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  1. 2018/04/21(土) 21:25:00|
  2. 武道史

まけた木刀はいらぬ

 『よしの冊子』に落し噺としてあげられていることで真実ではないでしょう。

 武藝が流行するのである町人が何か工夫して商売にしようと思い木刀をこしらえて丸の内を「木刀 木刀」といって歩いた。大名の屋敷から「その木刀はいくらだ。」と声がかかり、「三文です。」と答えると、「それは高値なので一分二朱にしたほうがよい。」と答えた。値引き仕舞と思い、そのまま4.5間行ったけれど、取って返し「木刀を負けてあげましょう。」といったところ、窓の内から「まけた木刀はいらぬ。」と答えが返ってきた。

 このころから、既製品の木刀の商いがあったのでしょうか。それともたんなるお話しでしょうか。

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  1. 2018/04/20(金) 21:25:00|
  2. 武道史

武芸流行

 『よしの冊子』に次のようにあります。

 この頃は武藝が流行するため今まで何もなかったところに稽古場などができ、バタバタと騒がしい。学問もその通りで大名の江戸屋敷の窓でずいぶんと素読の声が聞こえる。文武が盛んで教え散らかしている。

 今の時代、こんな風に古武道が盛んになる大きなきっかけがあればよいのですが・・・。
 
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  1. 2018/04/19(木) 21:25:00|
  2. 武道史

この師走は存じよらぬ賑やかな仕舞

 『よしの冊子』に次のようにあります。

 北伴五郎は山の手で名高い槍の師匠であったが、心底がよくないため弟子が離れ、そのあと、森作左衛門の稽古場で取立(師範代)もしたが、それもよくなく、八丁堀の武士たちも離れ衰微していた。しかし、このごろは武藝が流行するので」弟子たちが世話をして槍の稽古が始まった。昔の稽古場は崩れてしまったので空地に菰囲いをして稽古を始めた。雨が降れば稽古はできない。
 この師走は北伴五郎も賑やかなことになるであろうとのこと。

 道場のはやりすたれはどの時代にもあることなのでしょう。
 このころから江戸においては屋根付きの稽古場が一般的になっていたのかと思います。西日本では気候が良いせいか幕末になっても野外で槍の稽古が行われているところが多いように思います。

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  1. 2018/04/18(水) 21:25:00|
  2. 武道史

近所にてねられぬと申候

『よしの冊子』に次のようにあります。

 羽生長門守家来に剣術の師匠があるが屋敷内の稽古で、夜八ツ時、八半時ころより稽古が始まる。近所では寝られないという小言を言っている。

 今も昔も変わらず、気合を声に出す流派が町中に個人の道場を構えていたら同じことが起こるでしょう。

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  1. 2018/04/17(火) 21:25:00|
  2. 武道史

鈴木清兵衛

 『よしの冊子』に次のようにあります。

 弾正殿が鈴木清兵衛(起倒流)を招いて、対面の上、自分は剣術ものである。剣術と柔らとの仕合ができるならば一度立合ってみたいといった所、鈴木は承知した。立合ったところ鈴木は一投げに投げられ随分狼狽したという事である。

 面白い話です。
 
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  1. 2018/04/16(月) 21:25:00|
  2. 武道史

矢一手に付き青胴四文

 『よしの冊子』は松平定信の寛政の改革中に、その側近水野為長が柳営・世上の風評を聞くままに記したものです。

 大嶋三左衛門の門弟である佐伯久米五郎が麹町貝坂で大弓の稽古を催した。久米五郎はもと武士で今は浪人か町人である。矢一手で青胴四文であり、揚弓場と同じように弓矢はかし出す。貴賤の別なく町人までいっている。その上、半的で賭的もある。博打のようでいかがわしい。
 今のように武術が流行するので思いついたのであろう。風俗を乱す、もってのほかのことである。

 このようなことはいつの時代でも起こるのではないかと思います。

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  1. 2018/04/15(日) 21:25:00|
  2. 武道史

心と心をつなぐ

 稽古で心と心がつながった状態にあれば、ことさらに相手の動きをよんだり、隙を見たりしなくとも、無念無想の内に自然に心に映ってきます。また、これを用いれば親子の心と心もつながり、人と人との間も適切に保たれていきます。
 簡単に理解できる方法については既にお教えしているところですが、自らの心に、負けまい、劣るまい、勝とう、勝ろうという心があれば、相手と心はつながらず、和も存在しません。
 深く深く求めてください。

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  1. 2018/04/14(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

 ある方が、貫汪館で稽古できるようになったことも縁ががあったからですとおっしゃったことがあります。確かに私自身も無雙神傳英信流抜刀兵法の師である梅本三男貫正先生に師事出来たときも不思議な縁を感じましたし、澁川一流柔術の師である畝重實嗣先生に大学生の時に初めてお会いした時もまさしく縁でした。また、大石神影流剣術の師である大石英一先生にお会いできたのも不思議な縁であったと思います。
 神話の上から言えば出雲大社の大神様が縁を結んでおられ、私自身も武道だけでなく、そうなるようになっていたのではないかと思えるような不思議な縁を授かっています。
 しかし、求めることをしなければ縁がつながることもありませんし、縁をつなぐ努力もしなければ本来つながるべき縁であったものもつながらずに終わるかもしれません。また、縁があったとしても人の力をつくさなければ、つながれただけで、成就しないかもしれません。縁がつながり、また成就するように最大限の努力もしていかなければなりません。

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  1. 2018/04/13(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

太刀打

 無雙神傳英信流抜刀兵法の太刀打「出合」「附入」で抜付けに打太刀と仕太刀が木刀を交えた後、仕太刀は前に出て打太刀を斬り、打太刀は後方に下がって仕太刀の木刀を受けますが、このとき打太刀は左足をさげ、それについで右足を下げ、また打太刀の切先は自分の右に向きます。この切先が自分の右に向いて受けることが難しい方の動きは、臍下丹田から体を開いて抜き付けず、鼠蹊部も緩んでおらず上半身で抜き付け体を固めています。そのため、後方に下がるのが難しく右足を蹴って後ろに下がっているのです。素抜き抜刀術で養った基礎をすててはなりません。

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  1. 2018/04/12(木) 21:25:00|
  2. 居合 業

張受け

 陰陽進退、虎一側、詰合の張り受けは受けるのだからと腕や握力に頼ろうとする気持ちがあれば受けることができません。刀の動きに体の動きがのらなければならないのですから無理な力を込めて腕を単独で使ってしまえば自己満足はできますが、かえって弱くなってしまいます。
 いつも稽古で教えている通りにすればよいのですが、上手くいかない方は手の内をより柔らかく、肘は力を抜いたまま伸ばさず、体の開きに刀の動きを載せる事を心掛けてください。

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  1. 2018/04/11(水) 21:25:00|
  2. 居合 業

左刀・右刀・当刀

 左刀・右刀・当刀ともに抜付けは初発刀と変わることはありません。初発刀が動き始めから抜付けの最後まで一つの動きであるように、左刀・右刀・当刀も動き始めから抜付けの最後まで一つの動きです。相手に対して向きを変え、そこから抜付けの動きが始まるわけではありませんので注意してください。

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  1. 2018/04/10(火) 21:25:00|
  2. 居合 業

武術

 初心者が方・手数の稽古をするのに、これが真剣勝負だとか命のやり取りだとかを第一に思うと、ガチガチに体も心もこわばってしまいます。したがってゆるゆるとした動きを中心に固まることがないように導いていきます。
 しかし、手順を覚え稽古をするのにいちいち思い出す必要もなくなっているのに、形にこだわり命のやり取りであるということを忘れていたら、それ以上の上達はありません。
 構えるときに、相手が目の前にいるのにただ上手に構えようと自分に集中していたり、実際の場合にはどのように相手が動くかわからないのにきめられた手順の動きを上手にしようとしていたら、それは武術ではなく、武術としての上達はないのです。

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  1. 2018/04/09(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

柔術の公開セミナー

 かつて、ある流派の柔術の先生から海外においては柔術の公開セミナーは開かないほうがよいというお話をいただいたことがあります。こちらが形を教えているつもりでも、あえて技にかかるまいと抵抗し、また反対方向に動く方もおられるそうなのです。
 自分の弟子を教える場合はそのようなことはおこらないかもしれませんが、十分に心しておかなければならない事です。

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  1. 2018/04/08(日) 21:25:00|
  2. 柔術 総論
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