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無双神伝英信流 大石神影流 渋川一流 ・・・ 道標(みちしるべ)

無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術を貫汪館で稽古する人のために

鞘手の稽古

 鞘手は小指薬指の先と月丘(小指球)で上下に挟むように掛けますが、初心者では鞘引きをしたときに手首が内側に折れてしまう方が大半です。手首が内側に折れてしまうと肩に力みが入り抜き付け時に体が開かなくなってしまいます。
 内側に折れてしまうのは手先で鞘を何とかしようという思いの表れですので、鞘を持たさずに鞘手(左手)だけを動かす稽古を繰り返させるようにしてください。正しい動きに慣れてから実際に鞘に手を懸けて稽古すれば、ダメな動きをしたときには違和感を覚えるようになります。

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  1. 2019/08/20(火) 21:25:00|
  2. 居合 業

右片手突きの右肩

 大石神影流の試合口の右片手突きで右肩が内には行ってしまうのは右肩から先で突いているからで。臍下丹田から発した力が肩の下を経由して切先にいたるのだという事を理解していただいたうえで、右足を出させずにその場で片手付きの稽古をしてもらう事によって修正してください。

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  1. 2019/08/19(月) 21:25:00|
  2. 剣術 業

立膝

 無雙神傳英信流抜刀兵法の英信流表が大森流と異なるのは単に座り方が正座と立膝の違いであるだけではなく、座る角度にあります。
 この角度がいい加減であれば大森流よりも英信流表の方が速く抜けられることはありません。速く抜けるのは速く抜いているのではなく、そうなるべくしてそうなるのであり、そのもとは角度にあるという事をしっかり頭に置き、座り方から稽古してください。

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  1. 2019/08/18(日) 21:25:00|
  2. 居合 業

月影

 無雙神傳英信流の月影で打太刀が脛を斬りに来て仕太刀が前に出た左足を後方に引くときは体が浮くのではなく体が沈むことによって行われます。
 体が浮いてしまう原因は左足を蹴って後に下がろうとして後方の右足が突っ立ててしまうことと、早く振りかぶらなければという思いが強く左足を引く前から振りかぶろうと焦っていることが考えられます。頭で考えて意図的に動こうとすることは止めなければなりません。

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  1. 2019/08/17(土) 21:25:00|
  2. 居合 業

独妙剣

 無雙神傳英信流の独妙剣は柄頭を打太刀の顔面に当てる形ですが、刀が交差した瞬間に仕太刀はその存在を消し、打太刀が気が付いたときには柄頭が打太刀の顔に至っていなければなりません。これができない原因は柄頭を打太刀に当てるのだという意識が強く、打太刀の柄があるにもかかかわらず、おかまいなしに柄頭を運ぼうとすることにあります。本来ならばそのような状態は打太刀に感知されるので打太刀のに上から潰されてしまいます。心身を鎮め気配を消し、下半身を一瞬緩め、自分の肩(特に右肩)も緩めることによって入らなければなりません。当てた時に下半身に緊張があるようであれば形だけを真似したおことになります。
 絶対に打太刀に気配を感じさせてはならない形です。
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  1. 2019/08/16(金) 21:25:00|
  2. 居合 業

絶妙剣

 無雙神傳英信流抜刀兵法の独明剣は左手を峯に当てて刀の中央部分の刃で打太刀の切込みを受けますが、ガツンと受けるのではなく、わずかに打太刀の切込みを吸収するように受けなければなりません。
 この動きができない原因の一つは受けようとして気が臍下丹田から離れて上ずり、少し沈まなければならないのに逆に上に体が伸びてしまう事にあります。また、そのようなときには左手掌で正しく受けられず刀を左手でつまむような動きになっています。
 心を鎮め工夫してください。
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  1. 2019/08/15(木) 21:25:00|
  2. 居合 業

修行

 心がコントロールしなければならないハードルが高ければ高いほど、心の修行になっていきます。そういう意味で貫汪館で無雙神傳英信流抜刀兵法・澁川一流柔術・大石神影流剣術を稽古している海外の支部の方は日本人よりより高度な修行をしていることになります。
 アメリカで教えていていつも感じるのはアメリカ人の筋肉の太さです。筋力は日本人と比べるべくも無くはるかに強いと思います。そういう人たちが筋力を極力使わず、無理無駄なく自然に従うように稽古しているのです。どれだけ努力が必要か言うまでもありません。同じ事をしようとすれば日本人よりもはるかに精神的に努力しなければならないのです。日本人がその進歩において劣るとしたら努力が足りないの一言に尽きると思います。
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  1. 2019/08/14(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

抜き付け時の左鼠径部の緩み

 初発刀や横雲で抜き付けたときに左鼠径部が伸び切ってしまうのは、臍下丹田を中心として左右が均等に開かず右が左よりも強いために起こることです。
 修正するためには、一つには右利きの人には右手はそのままに、何もせず左側を中心に使うように教えること、もう一つは仮想の敵にたいして、こちらから前に進んで抜付けに行くのではなく、自分を斬ろうと迫ってくる敵を迎え撃つのだというイメージを持たせることです。それだけでかなり修正されていきます。

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  1. 2019/08/13(火) 21:25:00|
  2. 居合 業

柄手

 抜付けのための柄手は触れる程度に浅くかけます。刀が自由に働くためには柄を握ってはならず、柄を握ってしまえば自分で刀を振り回すことになり、それを自由に刀を使っていると錯覚する元ともなります。
 右手が体に沿って前に進んでも柄にかかるときには無意識に柄を掴もうと手首の角度を変えていることが良くあります。自分自身をよく観察しながら稽古してください。

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  1. 2019/08/12(月) 21:25:00|
  2. 居合 業

深く考える

 世の中には落ち込んだことは一度もないという方がおられます。深く考え込む状態を落ち込むと考えれば、もし本当にそのようなことを言われていて、何事があっても変化なく平然としているならば、ずいぶん心が進んだ方か、詐欺師のようなか方かいずれかです。詐欺師はまず自分を欺くことで他人を欺きます。自分自身が落ち込むことはない精神的に前向きな素晴らしい人物だと自分自身で信じ込んだ後に他人に信じ込ませるのです。そのような人物には近づいてはいけません。騙され、利用されるだけになります。
 深く考えることなしに前に進むことはできません。深く考え込むことを、落ち込むというマイナスの表現で表しますが、決して悪いことではありません。前に進むためには深く考え込むときも必要になります。前に進むためのステップだと思ってください。

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  1. 2019/08/11(日) 21:00:25|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

付き合いを選ぶ

 若いうちは特に人付き合いを選ぶ必要があります。以前、居合の師から「素晴らしい人のそばにいれば、お話をしなくてもよい感化を受ける」と教えられたことを話しましたが、若いうちには良い方だけでなく、いびつな、普通では考えられない言動をするような人にも興味を持つ方がいます。これは絶対に避けるべきことで、そのような人物のそばにいれば、しらずしらずに悪い感化を受けてしまいます。注意してください。

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  1. 2019/08/10(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

思い込み

 自然に動けるにもかかわらず、特定の動きになるとなぜか妙に体を緊張させたり、変な動きをされる方がおられますが、思い込みによる場合があります。
 刀を抜くときに力み体を固めたりするのが以前見た時代劇の影響であったり、刀をパチンと納めたいのがまた時代劇の影響であったり、それがカッコいいと思ったことが心に残っているようなのです。このような思い込みに気付かせていくことも指導において大切になります。

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  1. 2019/08/09(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

左膝が前を向きたがる

 無雙神傳英信流の太刀打や大石神影流の構えは半身となりますが、左足のつま先は外に開いているのに膝頭が前方に向こうとしている型があります。
 このような方も理解はしていても体、特に上半身が相手に正対したがっています。このような方にもしっかり半身について説明をして心の歪みを正す必要がありますが、しっかりと鼠径部を緩めていただき足首が曲がる方向へ膝頭も曲がればよいと指導してください。また、現代剣道を経験されている方は踏み込むのではなく飛び込もうとして膝を前方に向けようとされる方もおられますので、心して指導してください。
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  1. 2019/08/08(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

生真面目な方の歪み

 洋の東西を問わず生真面目な方は無雙神傳英信流を稽古しても大石神影流を稽古しても相手に正対しなければという思いが勝るようです。相手に正対するという基準が自分の中に確立していますので、半身になることに抵抗感があり、半身となろうとして無理に体を開くので体をねじったような状態にしてしまいます。
 このような方を指導するときには、半身になるのが自然なのだという事をしっかりと腑に落ちるまで説明して、安心して半身になれる心の状態をつくってから半身になる指導をしたほうが、体得は早いと感じます。

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  1. 2019/08/07(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

どう対応してよいものか 3

 なるべく避けていたのですが、初めは「復元をよろしくお願いいたします。」と話されていた方が、そのうち「数百年の歴史」といわれ宗家を名乗られるようになり、いかにも宗家然としたふるまいをされるようになった流派の高弟の方に先日挨拶をされました。私は目の前で捏造されていくのを見ていただけに、いつも演武を見るたびに何とも言えない気持ちになっていました。
 それ相応の挨拶をしましたが、あまり親しくなって、「振興会への加入云々」となっても難しいことになります。
 さてどうしたものか・・・。
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  1. 2019/08/06(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

どう対応してよいものか 2

 これも実際にあった話ですが、ある公的機関の依頼で講演と体験会を行った時のことです。終了した後に若い方が「〇〇流の××と申します。今日はありがとうございました。」とわざわざ挨拶に来られたので、「どの系統の(どの先生の)お弟子さんですか」とお聞きしたところ、こたえは「ビデオで稽古しております。」でした。つまり流派名を名乗られはしたものの、実際にはだれにも指導を受けたことなく自分でビデオを見て真似をして〇〇流を名乗っている人だったのです。ただし、ご本人はいたって真顔で冗談を言っているのでもなく、それが至って自然なことのように話されるのです。
 否定することなく、あいさつしましたが、もうこのような時代なのだと感じてしまいました。今後、このようなことも増えてくるかもしれません。さて、どう対応してよいものか・・・。
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  1. 2019/08/05(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

どう対応してよいものか 1

 しばらく前のことですが、ある場所で「〇〇流を修行しております△△と申します。」と真面目な顔であいさつされたことがあります。その〇〇流というのは、数手のみ伝えられたことになっていて、ほとんどが資料をもとに復元(リメイク)された流派なのですが、あまりにも本人が真面目な方であったので、なんとなく話を合わせましたが、本人が真面目な方で正統な流派を稽古していると思われているだけに、対応に困りました。
 こういうことが、今後増えてくるのであればどうしたものか・・・。

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  1. 2019/08/04(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

一生に一度あるかないかの時のために

 古武道の技を実際に用いる機会は今の時代にあってはほとんどないかと思います。江戸時代であっても一生に一度あるかないかの場合にそなえて稽古するという文献もあるくらいです。しかし、一生に一度あるかないかの場合に備えて稽古しなければ実際に何か起こった場合には対処できず命をなくしたり、心と体傷付けられてしまうこともあります。
 実際に私は武を用いなくてもよい仕事に転職してからも、仕事の関係で無法な大人の暴力から職場の人を守るために用いざるを得ない時がありましたし、稽古していた女の子が自分の体を守るために用いざるを得ないこともありました。私の場合も女の子の場合も、手を振りほどくだけで、相手は警戒してそれ以上のことはできませんでした。私の場合は元暴力を仕事にする前進に刺青のある大人であったため、振りほどいただけでこちらの力量がわかったようで、それを言葉にしました。女の子の場合には相手は女の子にそんなことができるとも思わずひるんでそれ以上のことはできなかったようです。
 用いることは今の時代はないと思っていても何が起こるかわからない時代です。何かおこった時のことを考えれば、たんに趣味だと言って気楽に稽古するだけでは時間の無駄になってしまうかもしれません。

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  1. 2019/08/03(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

趣味でありながら趣味でない

 江戸時代にも武術のプロと言えるのは、教えることによって生活できていた藩の師範くらいのもので、他の人たちはそれが直接生活の糧となるものではありませんでした。(免許がなければ家督が継げない藩もありましたが、それは藩士全体に当てはまることなので除外します)。
 現代にあっては古武道で生計を立てているのは、あるのかないのかわからないごくまれな例だと思います。
 では、武術を楽しみのためにのみ行う趣味としていいのかというと、楽しみはあっても、自分の中でそれだけにしてしまうと、納得できるレベルの習得も難しいものです。書道や茶道、華道のようにある程度のものを会得しようという覚悟がなければ楽しみもなくなってしまうものかと思います。

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  1. 2019/08/02(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

勝手な解釈をしない

 居合にしても剣術、柔術にしても、「このようにするのは、こうだから」と自分自身で勝手な解釈をしてしまうと、真の習得から遠ざかってしまいます。以前澁川一流柔術を稽古される方で、形・手順を覚えているにもかかわらず一向に上達されない方がおられました。その方のメモを見ると、「締め上げる」「捩じ上げる」「制圧する」という言葉がちりばめられていました。そのような教え方をしたことはありませんでした。自分の中の働きと相手との関係性によって結果としてそのように外見上見えるようになっていたとしても、決してそのような言葉で表されるような動きはしていません。
 自分なりの勝手な解釈をしてしまうと、上達からは遠ざかってしまいます。

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  1. 2019/08/01(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

忍れと色に出にけり我恋は物や思ふと人のとふまで

 武道の教えとして戒めた道歌です。何かをするときに心に力みや偏りがあれば表に現れて、相手に知られ隙となってしまいます。心に力みや偏りをなくし、表に現すことなく動けるようにならなければなりません。
 体にあらわれ、また顔にあらわれてしまいますので自分の演武の写真を見て気付くようにしてください。とくにこれまでに現代居合道を経験して貫汪館で稽古している方は気を付けてください。現代居合道の競技では顔の表情も大切なようですので。

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  1. 2019/07/31(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

 大石進種次先生の身長は七尺と言われており、石碑にも記されています。オーストラリア支部長の身長で以前検証したことがありますので、ほぼ間違いないところだと思います。この身長で五尺三寸の孟宗竹の根元で作った重い竹刀を使っていたと伝えられています。
 この身長でそのような竹刀を使っていたら、よくある、「誰々が突いたら数日食事が出来なかった」とか「誰々が籠手を打ったら、箸を持つのにも困った」というような話はいっさい伝わっていません。あるのは長沼無双右衛門の面を突いたときに鉄の面であったのもかかわらず不備で壊れてしまったという話くらいです。
 大石進種次先生は余興で牛が引く鍬を自分の体で引いていたという話が伝わるくらい力があった人ですので、もしその力を使って、その身長から打ちこめば、相手は撃たれるたびに脳震盪を起こしたり場合によっては小手の骨にダメージを受けるようなこともあったかもしれません。しかし、そのような話は一切ないのです。大石進先生はあくまでも竹刀は刀の代わりとして技を使われていたのだと考えます。
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  1. 2019/07/30(火) 21:25:00|
  2. 剣術 総論

袴の股立

 私が中学生の頃に現代剣道を始めた頃は、股立ちの位置が深く(袴のひもの位置よりずっと低く)空いている部分が広かったため、無雙神傳英信流抜刀兵法の袴捌が楽に行えました。私が中学生の頃は女性が剣道を始める時期と重なり、団体戦には女性が混じっており、その後、女性だけのチームができたように思います。そのころの股立ちの位置だと、中には稽古着が短すぎて腿が見えている人がいましたので、女性のためにだんだん股立ちの位置が高くなっていったのかと考えています。私が高校生になってしばらくたつと股立の位置が高い袴がほとんどになったように思います(もっとも高価な袴は別であったかもしれませんが)
 さてこの股立ちの位置ですが、居合袴と称されて売られている袴でも高く、稽古にあまりに不便なので本来は親指を外に出して行う袴捌ができないため、指をすべて袴の中に入れて行っていました。しかしこれでは正式な袴捌とは言えないので、何とかリフォームしたいと思いながら時間がなく、リフォームショップで稽古用の袴の股立ちの位置を低くいていただきました。これが実に調子が良いのです。無雙神傳英信流では袴捌によって体が整うのですが、正しい袴捌ができると座る前に心身が鎮みます。東山堂の居合用の袴だと約15cm位、剣道袴だと約17cm位位置を下げます。自分でリフォームできる方は試みてください。

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  1. 2019/07/29(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

優れた演武

 優れた演武と感じるのは、覚悟のある演武であるのは述べたとおりですが、もう一つ、相手のつながりがある演武です。相手の心と心・体と体がつながっていて、途切れがない演武です。
 いくら覚悟がある演武であっても、相手との関係性がきれていたら、それは狂気としかみえないところがあります。相手とのつながりがあるがゆえに道となり、凶刃とはならないのだと考えます。

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  1. 2019/07/28(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

覚悟のない演武

 どんな演武でも、覚悟のない演武には何も感じません。ただ上手にしているなと思うだけで武道をしているとは感じられないのです。
 武道とは命がかかったものという大前提があり、その部分だけはスポーツと異なります。(ここでスポーツというのは格闘技以外のスポーツ、または極端に命の危険性があるスポーツ以外です。命の危険性が高いスポーツは対人競技出ないとしても武道とかわらないものと思っています。)
 演武に、体の遣い方や形の美しさのみを求めているのかどうかと、大前提として命がかかったものとして行っているのかは見ていてわかるものです。これは一生懸命行っているという事とは違う事です。貫汪館で稽古される方は形を覚えたばかりの形は仕方ないにしても、稽古が進んでいる方はそのような覚悟を持った演武をしてください。それこそ、脇差を抜いて自分自身につき付けて相手はこれをもって自分に迫ってくるのだと感じてください。

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  1. 2019/07/27(土) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

勝手な工夫はしない

 教えられたことを表面上できたように見せかけることも可能ですが、そのような底が浅いことをしていたら「小手先の技を使う。」と言われるような状態からいつまでたっても抜け出すことはできなくなってしまいます。
 以前もお話ししたことがありますが、無雙神傳英信流抜刀兵法の先輩に「それはこうすればできるようになる。」と本質からかけ離れた方法で見かけ上できるようにする癖がある方がおられました。結局似てはいても偽物で、先生はいつも嘆いておられました。

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  1. 2019/07/26(金) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

工夫する

 教えられたことを会得するためには自分自身で工夫して会得することが大切です。形(かたち)や、手順だけならすぐに覚えることは可能ですが、その奥にあるものを会得するための工夫です。奥にあるものを会得することによってそうなるべくしてそうなる動きや形を会得でき、意識せずにそのように動くことができるようになります。 
 また、それは運動能力の高い低いにかかわらないものですから会得することによって、教えられたことは誰でもできるようになります。それが貫汪館で稽古している三つの流派ですので、形(かたち)や手順ではなく奥にあるものを会得し自分自身を変化させる工夫をしてください。

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  1. 2019/07/25(木) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

肩の遊離

 肩が体から浮いてしまうと臍下丹田と肩から先がつながらず、体の中心を使っているつもりでも肩から先で刀を使い木刀を使い素手を使っています。 
 肩が体から遊離する癖を直すには、よほど覚悟して取り組まなければ難しく、日々の生活の中で自分に肩は存在しないと言い聞かせながら生活しなければなりません。日常生活の中で動くときに自らの肩の動きに常に気を付けて稽古を続けてください。

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  1. 2019/07/24(水) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

とばして教えない

 昨日は段階的に教えることについて述べましたが、流派の体系が整えられているのにその体系を無視して教えてもその流派の上達には結びつきません。
 たとえば無雙神傳英信流抜刀兵法で大森流のあとにいきなり奥居合の座技をしても基礎ができていないので真似事を身につけることになり、上達の阻害をしてしまいます。また、浮雲が難しいからと言って浮雲をとばしてしまえば、浮雲で身につけるべきことを飛ばしているのですから、以後の形もまねごとにしかなりません。
 大石神影流も陽之表のあとにいきなり槍合せや二刀を稽古しても真似事が身についてしまいます。
 流派の体系を無視した指導は無意味であるどころかかえって上達を阻害する元となってしまいます。
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  1. 2019/07/23(火) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

段階的に教える

 海外の支部には全剣連の居合を経験した支部長もいるためか、教え惜しみともいえるような教え方をする方もいるので教え方についても指導しています。全剣連で指導する方の中には最初の数年は制定形のみ、それ以後数年は大森流、さらに数年たって英信流表。太刀打、詰合にいたっては極意のような扱いのようです。
 しかし、貫汪館では礼法などの基礎を身につけたら大森流の稽古を数か月以内に終え、太刀打、英信流表と進み、1年くらいたてば詰合に入る人もいます。流派の体系はそれを順番通りに稽古していけば上達できるようにできていますので、一通りできるようになれば(形の手順を覚えればではありません)、次の段階に進み、進んだ段階、前の段階の習得過程で前の段階で習ったことを振り返ればより前の段階の理解が深まるようにできています。
 貫汪館では一つのことが完璧にならなければ、次に進まないという方法はとりません。
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  1. 2019/07/22(月) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論

10年

 幕末には免許皆伝までの多くの流派での修行年数は約10年です。10年たたなければ使えないのかという事ではなく、一通りその流派を習得していると言えるまで10年という事で、使える使えないとは別物です。別物であるがゆえにその途中の階梯の目録とか中伝などというものが存在します。流派の体を身につけ流派を教えることができるレベルに達するまでに10年が必要とされたという事です。
 江戸で入門した者の中にはごく短い期間で免許に至るものもいましたが、それは地元で地元の流派を修行している場合です。坂本龍馬は小栗流、武市半平太は、一刀流を修行しています。桂小五郎は新陰流を修行しており、新陰流の師は大石進種次に入門して防具着用稽古を習っていますので、桂小五郎は大石神影流の稽古様式も身につけていました。大石進種次から免許を授かった来嶋又兵衛も地元で新陰流を修行しています。
 大石神影流に限って述べても多くの他藩からの留学生は地元で地元の流派を修行しており免許皆伝を授かった者はそれなりに修行を積んでいた者です。大石進種次のもとで10年修行して免許を授かった他藩の者もいますが、まだ元服もしていない歳で入門して住み込みで修行しています。
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  1. 2019/07/21(日) 21:25:00|
  2. 居合・剣術・柔術 総論
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プロフィール

貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)

Author:貫汪館館長(無雙神傳英信流 大石神影流 澁川一流)
無雙神傳英信流抜刀兵法、大石神影流剣術、澁川一流柔術 貫汪館の道標へようこそ!
連絡先は貫汪館ホームページで御確認ください。

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